生命科学が明らかにしたデザインの存在 ➀ 驚異の細胞内ゴミ処理工場プロテアソーム
水分を除くと、私たちの体の構成要素の約半分はタンパク質だと言われています。その中には体の形をつくるはたらきを持つタンパク質もあれば、体の中で必要な化学反応を起こしやすくしてくれる触媒のはたらきをする酵素や体の中でさまざまな情報を伝達するために使われているタンパク質もあります。
私たちの体を構成する細胞は環境の変化に応じてさまざまなタンパク質を作り出していますが、状況が変わると今まで使われていたタンパク質が不必要になったり、またタンパク質自体に寿命があって壊れてしまったり十分に機能が果たせなくなってしまうことがあります。そのようなタンパク質をそのままにしていると、細胞の中がゴミだらけになってうまく生きていくことができなくなってしまいます。
そのために、細胞の中には、不必要になってしまったタンパク質を分解するゴミ処理場のようなしくみが備わっています。そのしくみにはいくつかの種類があるのですが、その中の一つに「プロテアソーム」という大型の酵素があります。
隅々までうまくデザインされた分子マシーン
今回は、佐伯泰氏の「プロテアソームの作動機構と細胞内動態」という論文から図などを引用させて頂きながらプロテアソームという酵素について考えていきたいと思います。
佐伯氏はこの論文の冒頭で次のようにプロテアソームを紹介されています。
「プロテアソームは生命史上最も複雑で洗練されたプロテアーゼである。プロテアソームはユビキチン化タンパク質を速やかに選択的に除去することで、細胞内タンパク質の恒常性維持のみならず、細胞周期の進行やシグナル伝達などさまざまな生命現象において必須の役割を果たしている。近年、クライオ電子顕微鏡による構造解析が驚異的に進展し、プロテアソームはユビキチン化タンパク質を確実に分解するために隅々までうまくデザインされた分子マシーンであることがわかってきた。」
以下でご紹介しますが、「隅々までうまくデザインされた分子マシーン」という表現がまさにプロテアソームの本質を言い当てているように思います。
プロテアソームの構造
論文の中では「一見してプロテアソームが非常に精緻かつむだのない美しい構造を持っていることがわかる」と述べられていますが、上の図を見てわかるように、プロテアソームは数多くのサブユニットから構成される非常に複雑なタンパク複合体です。
プロテアソームの分子集合
論文でも、「細胞内はタンパク質が充満した非常に込み入った環境であり、プロテアソームのような超分子複合体が正確に形作られるのは奇跡のように思える」と表現されています。勿論、これはタンパク質が充満した非常に込み入った環境の中で、このようなタンパク複合体が形成されることについて語ったものですが、それを抜きにしても、上記の図から、プロテアソームは数多くのサブユニットが非常にうまく組み合わさって出来上がっていることがわかります。
プロテアソームはタンパク質を分解する酵素ですが、細胞内にあるタンパク質を片っ端から分解してしまえば、生きていく上で大切なタンパク質も分解されてしまって大変なことになってしまいます。そんなことにならないように、プロテアソームには分解されるべきタンパク質をうまく選り分けることができるしくみが備わっています。プロテアソームの蓋部には、以下の図のように、分解されるべきタンパク質に標識として付加されているユビキチン(※1)を補足してタンパク質をうまく取り込み、しかも残ったユビキチンを再利用できるような非常に巧妙なしくみが備わっているのです。
さて、このようなプロテアソームという酵素は一体どのようにして生じたのでしょうか。出来上がるまでの過程は非常に複雑であったことは容易に想像できますが、プロテアソームがデザインされたものであると仮定すれば、まずプロテアソームに願われた機能を果たせるような全体の構想が出来上がり、その構想に基づいてそれぞれの部品がその必要な役割を果たせるように正確に準備され、最後にそれらを組み合わせて作り上げられたのだろうと、その大まかな流れを推測することができます。勿論、その具体的な詳細な過程はまだわからないのですが、その大筋の流れを理性的に受け入れることは可能です。
構想も計画もない中で偶然の積み重ねでできるか
しかし、もし逆にデザインされたものでなかったとしたら、つまり、このような明確な機能を持つ複雑で精緻なタンパク複合体が、何ら導かれることのない、構想も計画もない状況で偶然の積み重ねと物理的化学的法則によってのみ出来上がったのだと仮定したら、一体どのようなシナリオが考えられるでしょうか。
まず、プロテアソームを構成するそれぞれのタンパク質は、互いに全く無関係に生じたはずです。それぞれのタンパク質の元になる遺伝子もそれぞれが何らの関連性もない中で偶然によって出来上がったことになります。なぜなら、そこには何らの共通目的も構想もなかったからです。
ユビキチンというタンパク質もプロテアソームとは全く無関係に出来上がったことになります。そのユビキチンを補足するような構造も、ユビキチンを想定することもなく、たまたま偶然に出来上がったと理解しなければなりません。それらが何ら共通の目的や構想や計画もない状況で、奇跡的にうまく組み合わさり、結果として偶然にこのような構造物が出来上がり、その出来上がったタンパク複合体が不思議にもたまたまこのような特別な機能を持っていたということなのでしょうか。
進化論では漸進的変化が唱えられます。それは、突然の大きな変化というものが奇跡的に感じられ、超自然的なものに思われるからでしょう。だから、気も遠くなるような長い時間の中で、少しずつ少しずつ変化し、より優れたものになっていったと考えています。しかしそれは何者かによって導かれ、方向付けられたものではなく、あくまで自然選択の結果であると主張します。 しかし、プロテアソームが自然選択によってその構造と機能に磨きがかけられていったと考えることは非常に難しいでしょう。なぜなら、その構造から見て、ほぼ完成するまでは自然選択にかかるような機能を持つことはないと考えられるからです。自然選択というのは何らかの有益な機能を持つものにしか働くことができないのです。「前適応(※2)」という概念を持ちだして説明しようとする人もいるかもしれませんが、そこまで行くと、もはや屁理屈としか言いようがありません。
◇ ユビキチン(※1)
ユビキチン (ubiquitin) は76個のアミノ酸からなるタンパク質で、他のタンパク質の修飾に用いられ、タンパク質分解、DNA修復、翻訳調節、シグナル伝達などさまざまな生命現象に関わる。至る所にある (ubiquitous) ことからこの名前が付いた。
(引用: フリー百科事典ウィキぺディア日本語版「ユビキチン」, https://ja.wikipedia.org/wiki/ユビキチン)
◇ 前適応(※2)
7前適応(ぜんてきおう preadaptation)とは、生物の進化において、ある環境に適応して器官や行動などの形質が発達するにあたり、それまで他の機能を持っていた形質が転用されたとき、この転用の過程や転用された元の機能を指す用語である。
(引用: フリー百科事典ウィキぺディア日本語版「前適応」, https://ja.wikipedia.org/wiki/前適応)
<引用文献>
「プロテアソームの作動機構と細胞内動態」
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2015.870705/data/
佐伯 泰(さえき やすし)
公益財団法人 東京都医学総合研究所
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