インテリジェント・デザイン理論とは

1993年から始まった科学者による進化論克服運動

 ID理論の運動の生みの親はフィリップ・ジョンソンという法学者です。米カリフォルニア大学バークレー校法学教授であったジョンソン氏は、有名な英国の進化論者リチャード・ドーキンスが書いた『盲目の時計職人』(1984年)に触発されて、ソ連が崩壊した1991年に『裁かれるダーウィン』を出版しました。

 そして、ジョンソン教授は1993年夏、サンフランシスコの南にある海辺のリゾート地パハロ・デューンズに、12人の科学者を招請したのです。このセミナーがID運動の出発点でした。

 参加者はウィリアム・デムスキー(数学)、スティーブン・マイヤー(科学哲学)、マイケル・ベーエ(生化学)、ディーン・ケニヨン(化学)、スコット・ミニック(微生物学)、ジョナサン・ウェルズ(生物学)、ダグラス・アックス(物理化学)ら各分野の優秀な科学者ばかりでした。

スティーブン・マイヤー博士
スティーブン・マイヤー博士
(ディスカバリー研究所より)

 ケニヨン博士は、かつて進化論を前提として生命起源を研究し、その分野では世界的にも著名でしたが、同会合に参加して、「わが人生の転機だったと言わなければなりません。この会合で今までの学説よりもはるかに知的に満足できる見方に気づかされたからです」と感想を述べています。

 なお、この会合のシーンから始まるDVD『生命の謎に迫る―岐路に立った進化論』は、ID理論を初めて知る方にはわかりやすく、よい内容です。

 パハロ・デューンズ会合での議論を踏まえて、科学者たちはシアトルのディスカヴァリー研究所内に設置された科学文化センター(CSC)を拠点として活動を開始。インターネット革命の波に乗り、ホームページを通して、ID理論を紹介したりして急速に米国内で啓蒙が進みました。

 科学者たちが主唱しているID理論には大きく分けると、2つの柱があります。

ID理論の1つ目の柱は“マウストラップ”理論

 1つ目は、マイケル・ベーエ博士が『ダーウィンのブラックボックス』(1998年)で主張した内容です。ベーエ博士が注目したのは、大腸菌などがもつ細菌鞭毛モーターです。

細菌鞭毛モーターの模式図
細菌鞭毛モーターの模式図
板ばね式ネズミ捕り
板ばね式ネズミ捕り
マイケル・ベーエ博士
マイケル・ベーエ博士
(ディスカバリー研究所より)

 大腸菌などは、鞭毛という長い尻尾を持っていて、これを高速回転させて動き回っています。ある種の大腸菌の鞭毛モーターは1分間に1万8000回転します。鞭毛モーターは高速回転していたのが急反転もできますが、これは人間が設計製作したモーターではあり得ない技術です。

 実際に電子顕微鏡で観察すると、鞭毛の下の部分は回転モーターになっていることが解明されたのです。詳しく知りたい方は日本生物物理学会の次のサイトに、図入りの説明もありますので参照ください。(https://www.biophys.jp/highschool/A-13.html

 回転モーターを含む全体は、30種類のタンパク質部品(遺伝子レベルでは約40個)からなっていて、どの部品が欠けてもこのモーターは機能しません。どれが欠けても機能しなくなる30種類の部品が精巧に組み合わされて、細菌が進む推進力を生み出すことができるわけです。このような特徴をベーエ博士は還元不能の複雑性(Irreducible Complexity)と呼びました。

 ダーウィン進化論の自然選択説では、このような特徴をもった分子機械を生み出す道がないのです。ダーウィン自身がそのようなものが見つかったなら自分の理論が崩壊することを認めていました。

 「どんなものであれ、多数の継続的な軽微な変化によっては生じえない複雑な器官の存在が証明されうるならば、私の学説は絶対的に成り立たなくなってしまうであろう」 (『種の起源』246頁)

 理由はこうです。自然選択説は、DNAに少し偶然の変異が起きて、その結果、新しいタンパク質ができたりして、環境に適応する(自然選択)ということです。鞭毛モーターは30種類のタンパク質が最初から必要なのですが、進化論の方法ならタンパク質が少しずつそろっていくという道しかありません。途中の段階のものはほとんどが機能しないでしょう。途中の段階のものに何か別の機能をもったものができたとしても、そこから偶然が重なって精巧なモーターになっていくなどというのはあり得ない話です。偶然だけに頼る方向性のない少しずつの変化という方法では機能するモーターをもった大腸菌の出現は説明できないということです。

 板ばね式のネズミ捕りというのは、鞭毛モーターと同様の「還元不能の複雑性」をもっています。5つの部品どれが欠けても機能しません。そして、ネズミ捕りはデザインされ、創られたモノです。私たちの生活の中にある時計、自動車なども、表面の部品以外のコアの部分は「還元不能の複雑性」をもっていますが、全部、デザインされ設計図に基づいて創られています。偶然のあてずっぽうの過程でできたものは1つもないのです。ですから、ベーエ博士は細菌鞭毛モーターもネズミ捕りと同じ特徴、「還元不能の複雑性」を持っているので、デザインされ、その設計図に基づいて創られたというのが最も納得がいく説明であると述べています。

2つ目の柱はデムスキー博士の情報理論

 ID理論のもう1つの柱は、デムスキー博士が説く情報に関する理論です。

 デムスキー博士は1988年にシカゴ大学で数学博士号を取得後、MITとプリンストン大学で研究を行った優秀な数学者です。博士は1998年に『デザイン推定(The Design Inference)』を出版してID理論の内容を発表しました。

 情報というのは厳密に見ると「特定された複雑性」(Specified Complexity)という特徴をもっており、それはデザインされた痕跡だと言うことができるという理論です。

 特定された複雑性とは、特定性と複雑性の2つを兼ね備えているということです。

 まず「複雑性」についてですが、朝、貴方がビーチを散歩中に発見したI LOVE YOUの例で説明しましょう。この文字列はまず複雑、つまり多数の可能性の中の一つなのです。「複雑性」ということは、偶然に起きる確率が小さいということです。

 そして、このI LOVE YOUはアルファベットと英文法に従って意味を示しています。風や波が作り出せない「独立して与えられたパターン」と一致しているというのです。これを一言で「特定性」と言っています。

 私たちは情報を見たときに、複雑性と特定性を兼ね備えているので「デザインされたもの」という推定を日常的に行っているわけです。

 ただ、どんな情報でもいいわけではありません。I LOVE YOUのIだけだったら、複雑性が小さすぎて、偶然にできたのかデザインされたのかは推定できないのです。

 ではどれくらい確率が小さければ、「デザインされたもの」と確実に言うことができるのか。デムスキー博士は、その基準を10の150乗分の1という確率より小さいものとしています。これは宇宙創成以来の偶然の過程では起こり得ないという目安です。

 他の数学者エミール・ボレルは10の50乗分の1に、量子コンピュータ科学者セス・ロイドは10の120乗分の1に設定しています。デムスキー博士の目安はかなり控えめになりますが、博士は実用的にはボレルの数字10の50乗分の1で十分だと述べています。

 さきほどの細菌鞭毛モーターは30種類のタンパク質部品をもち、遺伝子は40個あります。デムスキー博士はこの遺伝子配列が偶然にできる確率を試算していて、それはなんと10の1170乗分の1になるというのです。小さすぎてイメージしにくいですが、ポーカーのロイヤルストレートフラッシュが190回連続で同じ人に出る確率だということです。

 細菌鞭毛モーターは十分に複雑で、しかも、推進力を生み出すなどの生物機能を果たすという特定性をもつことから、デザインされたものと推定できるのです。

 鞭毛モーターのタンパク質部品とこれらを機能させるための設計図情報は全部DNA上に書かれています。これらの部品の情報、部品同士が組み合わさって機能するモーターを実現するための情報です。

 このモーターは1分間に1万8000回転し急反転もするという今の物理学もいつかないレベルの物理学が前提になっています。水という液体の中を泳ぎ回るので、水の性質を踏まえていなければなりません。このようなものすごい情報はどこから来たのか?

 無数の可能性がある中で、偶然にDNAの部品やタンパク質の部品が結合してできるというシナリオは説得力がありません。なぜなら、そのシナリオを信じるということは、ビーチで発見したI LOVE YOUが風や波など自然の力によって偶然にでき得ると信じることと同じだからです。私たちの日常的な直感と同様に、鞭毛モーターのための意味のある配列つまり情報は知性から来ているというのが合理的で最も納得のいく推定なのです。

 ID理論はこのように説得力ある理論ですが、進化論陣営は「ID理論は科学ではない、宗教だ」とレッテルを張って攻撃しています。日本ではマスコミの偏向ために、ID理論がまともに取り上げられたことがなく、“知的鎖国状態”が続いています。