ウシ② ウシの胃の中の微生物は、どこから来たのか?
ここで気になるのが、胃の微生物は、そもそもどの時点からウシの胃に存在するようになったのかということです。果たして胎児の時からすでに微生物は体内にいたのでしょうか?
実はウシの胎児は、お母さんの胎内にいる間は母体に守られていて、 体内に細菌などが侵入することはなく、微生物は存在していないのです。
では、この微生物は、一体どこから、ウシの胃の中に取りこまれたのでしょうか? それは、母ウシの唾液や膣、体の内外などに存在している菌や、生活環境に存在している菌などが、ウシの胃の中にいる微生物の元になっています。
母ウシが、子ウシを出産した時、お乳をあげたり、子ウシの体を舐めたりしている過程で、子ウシの体に菌が付着します。母ウシのよだれや環境からもらった菌を、子ウシが自分の体を舐めたりしながら、体内に取りこんでいくのです。
これが、子ウシと微生物との出会いになります。ここでも、母ウシや子ウシのよだれは、微生物の運搬に関わっています。そしてこの時から、子ウシと微生物との共存生活が始まるのです。
子ウシの体内に入った微生物は、消化器や呼吸器などに侵入し増殖していきます。そして、子ウシの免疫システムを刺激し、免疫の発達を促す起爆剤として、重要な役割を果たします。
またこの時、同様に必要なものは、母ウシから出る初乳と呼ばれるお乳です。母ウシの初乳には、子ウシの未発達な免疫機能を覚醒させて、 それが整うまで、免疫を補う役割があります。 微生物と母ウシからの初乳は、子ウシの健康な発達と生存に必要なアイテムとして母ウシから贈られる、最初の大事なプレゼントなのかもしれません。(※1)
ウシの胃は、4つに分かれている
これまで、よだれを通して、ウシの第一胃と微生物について見てきました。これからは、ウシの4つの胃について、人間の消化器官と比較しながら、見ていきたいと思います。
またここでも、よだれは活躍しています。ざんねんないきもの事典(高橋書店)でも、少し触れられていましたが、ウシが草を飲み込み胃の中で発酵させてから、よだれと草を混ぜ合わせて口にもどす「反すう」についても、ここで紹介します。
まず、人間の消化器官はどのようのに働いているのか確認してみましょう。
人間の胃は、食道から送られてきた食物を、一時的に貯めてくねるような蠕動(ぜんどう)運動によって、食物を胃液と混ぜ、かゆ状にして少しずつ十二指腸へと運んでいきます。
十二指腸に胃の内容物が入ると、膵臓から膵液、胆のうからは胆汁が分泌され、十二指腸でこれらの消化液と運ばれてきた内容物が混ぜ合わさって、小腸に送られます。
小腸では、さらに腸液が分泌され、ここでほとんどの栄養が分解、吸収されます。その後、吸収された栄養は、全身へと送られていきます。
このように、人間の場合、胃では食物を消化しやすい状態にするのみで、栄養は小腸で吸収しています。
最近では、人間の胃の中に、ピロリ菌という細菌が存在できることが明らかになっていますが、強力な胃酸により細菌は、ほぼ存在し難い状態となっています。(※2)
それでは、ウシの胃で行われる、食物の分解、消化、吸収の仕組みはどうなっているのか?確認していきたいと思います。(※3)
■ 第一胃 ルーメン、ミノ
先ほどから登場している第一胃は、ルーメンとも呼ばれています。焼肉などでの通称はミノ。4つの胃のなかで、最も大きい胃です。
食道と直接つながっており、多数の微生物の作用によって、よだれと共に運ばれてきた草などの食物が、分解、発酵され、栄養として吸収されていきます。
子ウシでは、出生直後は第一胃はほとんど発達しておらず、第四胃が、 胃全体の半分以上を占めますが、離乳後、粗飼料やスターター(人工乳)を摂取し始めることで第一胃が発達していき、第一胃自体の容積も大きくなっていきます。
■ 第二胃 蜂巣胃(ほうそうい)、ハチノス
こちらも引き続き、微生物による、食物の分解、発酵を経て栄養の吸収を行います。また、微生物が、第一胃で分解しきれない食物を食道や口まで押し戻したりする、ポンプのような機能もあります。
ウシがしている、ずっとガムを噛んでいるかのような、モグモグした動き、それは、口に戻された食物を噛んで、もう一度飲み込む動きで、 この動きを「反すう」と呼びます。
反すうについて以前は、食べた草が硬いため、再度噛み潰すための行動と言われていました。しかし現代では、分解しきれない食物を口に戻すことにより、よだれを再度絡めて飲み込んで胃の中に戻し、分解、 発酵時に出る揮発性脂肪酸が、過多にならないように調整する役割があることがわかってきています。
第二胃でも、食物をよだれに絡めることで、微生物を増殖しつつ食物を再利用しながら、効率よく栄養を吸収していきます。 蜂の巣のような、ヒダがあるのが特徴で、蜂巣胃(ほうそうい)ハチノスとも呼ばれています。
この蜂の巣のような凸凹は、より栄養を吸収しやすい構造となっています。
■ 第三胃 重弁胃(じゅうべんい)、センマイ
第三胃では、運ばれてきた食物を微生物が栄養にしたものを吸収するとともに、水分も吸収しています。
たくさんのヒダで食物をふるい分けて、大きな塊は、第一胃と第二胃へ戻し、第四胃に入る食物の量を調整していきます。
重弁胃とも呼ばれますが、重なる弁と書かれているようにたくさんのヒダが重なり合っています。
この弁のヒダとヒダの間に入る食物を、ヒダどうしで挟みながら栄養を吸収していくのです。
ここまで紹介した第一胃から第三胃までは、ほぼ食道に近い役割を果たしています。
この第一から第三の胃の反すうを通して微生物を増やしつつ、食物の繊維をより容易に消化できるように準備していきます。 当然ですが、胃が存在し活動する目的は食物の消化、吸収です。第一 〜三の胃が存在するのは、それぞれの胃に緻密な役割が与えられていて、その役割を果たすことで、最終的な目標の食物の消化、吸収へと、段階的に進んでいく為なのです。
そして、最後の胃、第四胃では微生物の働きに、クライマックスが訪れます。次にそれを見ていきましょう。
■ 第四胃 ギアラ
微生物はよだれや反すうにより、食物と共に第四胃まで運ばれてきます。
この第四胃の胃液により、これまで大活躍してきた微生物はここで殺菌され、命を終えていきます。
しかし、ただ死んでゆくだけではありません。微生物の体の主成分はたんぱく質なので、ウシのタンパク源となり、消化、吸収されていくのです。
ウシと共存していた微生物は、死んでもなおウシのため、タンパク源として生きていく・・・この思わぬ展開には、ただ感動しかありません。
ここまで、4つの胃の中で存在した微生物が、ウシのおいしい肉や牛乳を作るために、大きな役割を果たしてきたことを紹介してきました。
では、微生物が残してくれたものはウシへの栄養だけでしょうか? さらにその生命を通して、相手のために生きることの尊さをも私たちの心に残してくれているように思います。(※4)
<引用資料>
※1 酪農PLUS+
『子牛の免疫システムの成熟と感染症』
https://rp.rakuno.ac.jp/archives/feature/2383.html
※2 国立研究開発法人 国立循環器病研究センター
『栄養に関する基礎知識』
https://www.ncvc.go.jp/hospital/pub/knowledge/diet/diet01/
※3 独立行政法人 農畜産業振興機構
『【まめ知識】なぜ、牛の胃は4つもあるの?』
https://www.alic.go.jp/koho/kikaku03_001316.html
FUGANE BLOG
『牛が草で大きくなれるのはなぜ?牛が持つ4つの胃の役割を紹介します』
https://fugane.jp/veterinarian-blog/cows-stomachs/
※4 なきごえ Vol.45- 01 2009.01 Winter「牛の栄養と健康」
『牛の栄養学的特性』
http://nakigoe.jp/nakigoe/2009/01/report01.html
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