すごすぎるアリたちの話 ⑤ サムライアリは極悪非道(ごくあくひどう)?!

真夏の午後、クロヤマアリが出入りして働いている巣から、突然無数のアリが出てきたかと思うと、同じ方向にいっせいに走りだします。500ぴきをこすサムライアリが何メートルも、何十メートルも、川の流れのようにどんな障害物も乗り越えてまっすぐに行進します。

サムライアリのどれい狩り

その先にある目的の巣にたどりつくと、全員がすいこまれるように中に入っていきます。やがて、クロヤマアリのマユやサナギを口にくわえて出てきたサムライアリは、列をなして元来た道を自分の巣へと帰ります。

近くにもっと楽な道があっても必ず元来た道を帰るので、そこに水を流したり、箒(ほうき)ではいて表面の土を入れ替えたり邪魔してみてもサムライアリたちは道を変えません。変化にとまどってアタフタしても、何とか元来た道を見つけ出して、またその道を通って巣に帰ります。

芝の中を進むサムライアリの行列
偵察アリが残した「においの道」をたどって芝の中を進むサムライアリの行列
(引用: 自然の観察事典⑮「アリ観察事典」偕成社 P31)
マユをはこびだすサムライアリ
クロヤマアリの巣からマユをはこびだすサムライアリ
(引用: 自然の観察事典⑮「アリ観察事典」偕成社 P30)

いろんな方法で道をわからなくしても、その道が危険いっぱいだったとしても、絶対に元来た道を通って巣に帰るサムライアリの一生懸命さは、見ている子どもたちに驚きと感動をあたえてくれます。

どんな混乱の中でも、たとえ水に溺れて死にそうになっても、くわえたサナギやマユを放すサムライアリたちはただの1頭もいません。ぜったい放すもんか、放すくらいなら死んだほうがましだというわけです。サムライアリにとっては自分の命より大事にしているクロヤマアリなのです。

アリのイラスト4

これが、サムライアリがクロヤマアリの巣を襲(おそ)ってマユやサナギをさらう「どれい狩り」ですが、クロヤマアリは「どれい」でしょうか?

サムライアリは、きばのように長すぎる大あごのため、幼虫の世話やエサ集めができません。その上、大きなあごをもった戦士なのに固形物を食べられないのです。

それで、クロヤマアリのマユをぬすみ、マユから生まれた働きアリたちに働いてもらい、食糧は働きアリがかみくだいたエサを口移しでもらって生きているのです。どれいどころか、クロヤマアリはサムライアリの命の恩人じゃありませんか!!

自然界にどれいはいない!!

人間が自分たちが犯した行為に当てはめて、サムライアリの行動をどれい狩りとよび、クロヤマアリをどれいと考えるのは、人間の勝手な価値観であって、まちがいです。

自然界は調和と秩序で成り立っていて、自己中心的に相手を犠牲にして生きるという関係は、存在しないのです。一方に害を与えていると見えることも、全体から見ると、それでバランスがとれて、それぞれが存続できるようになっています。 サムライアリはクロヤマアリのマユを盗みますが、それを自分の命より大事にして守りますし、クロヤマアリは住む場所が変わっても生まれた場所を自分の家と信じ、何か強制されることもなく、今までと同じ生活を続けているのです。

それも、相手を家族と思って暮らせるのがアリの特性なのですから、すごいと思いませんか?

アリのイラスト5

サムライアリの襲撃は平和的!!

サムライアリはどうやってクロヤマアリをつれてくるのでしょうか? クロヤマアリをいっぱい殺して、力ずくで幼虫やマユを奪い取ってくるというイメージがありませんか?

サムライアリは戦いが得意ですが、巣の中の仕事はまったくだめ。そこでクロヤマアリの巣に乗りこみ、力ずくでサナギや幼虫をうばいます。
「ざんねんないきもの事典(高橋書店)」P105

実は全然違うのです。サムライアリはクロヤマアリを殺してはいないのです。それどころか相手を傷つけさえしないのです!

えーっ!ありえない、クロヤマアリが黙っているはずないでしょう?と思ったあなた、その通りです。

サムライアリが1ぴきずつクロヤマアリの巣の中に入っていくと、何びきものクロヤマアリが、そのサムライアリの手足をひっぱって、奥のマユのある部屋に行くことを阻止します。

その間に、別のサムライアリが奥のマユの所まで進みますが、やはりクロヤマアリに囲まれてしまいます。

その時、異変(いへん)がおこります。 後ろにいたクロヤマアリが前のクロヤマアリを攻撃しはじめるのです。同じようにあちこちで仲間同士の戦いがはじまります。

そのすきにサムライアリがマユを奪って、持ち出していきます。

マユやサナギをはこびだすサムライアリ
クロヤマアリの巣からマユやサナギをはこびだすサムライアリ
(引用: 自然の観察事典⑮「アリ観察事典」偕成社 P31

なぜ仲間同士が争うようになるのでしょうか?

それは、サムライアリがお腹にあるジュフォー腺の分泌口から、クロヤマアリの知覚を混乱させる物質を出したからです。

働きアリのフェロモン分泌源
働きアリのフェロモン分泌源
(引用: コトバンク,「アリ(蟻)とは」), https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%AA%28%E8%9F%BB%29-816222

このようなプロパガンダ物質を使って、クロヤマアリの攻撃性を抑えるので、サムライアリはクロヤマアリの巣に入って、わずか1~2分でマユやサナギを持ち出して逃走できるのです。   

この間、サムライアリはクロヤマアリを殺しも傷つけもしていません。 「ざんねんないきもの事典」にあるように力ずくでうばうということは実際には起きてはいないようです。

京都工芸繊維大学の秋野教授によると、実際にサムライアリに襲われたクロヤマアリの巣を見ても、巣の外に死体が捨てられていることはないそうです。

生きていくためにはクロヤマアリを誘拐しなければならないけれど、サムライアリは殺生(せっしょう)をしないようにしているんですね。名前は強そうですが、相手も生きていけるようにする優しさを持ってるなんて「さすがサムライ!」って思いませんか!

アリのイラスト6

誘拐(ゆうかい)された幼虫の運命?

アリは、体の表面が炭化水素というワックスにおおわれていますが、種や巣によってワックスの成分や組成が違います。

アリは触覚(しょっかく)で相手のワックスの成分を見分けて、仲間かどうか判断します。

サムライアリは自分のワックスをほとんど出さないので、相手のワックスを体に塗ることで仲間だと思わせています。それで誘拐されても幼虫たちは自分の巣だと信じているのです。

蟻の巣

連れてこられた巣で世話をしてくれるのも、クロヤマアリの働きアリたちですから、何も変わらないまま成虫になります。そして、働きアリとしていままでどおり働き続けます。

ただ変わったのは、巣がサムライアリの巣で、世話しているのがサムライアリの卵で、女王がサムライアリだということです。

でもそのちがいはワックスだけですから、同じワックスを身につけているアリは、同じ自分の家族なのです。

つまり、どれい狩りとか誘拐とか言っているのは人間だけであって、クロヤマアリ自身は何も思わずに、自分の家族として一緒に生活を続けているのです。

何も思わないだけでなく、誘拐した相手を敵とも思わず、自分だけでは生きていけないサムライアリを、家族として一生懸命世話して生かしてあげてるなんて、残念どころか人間もまねできない、すごい感動の生き方だと思いませんか!!

2匹のサムライアリ
(引用: Twitterより, http://t.co/m1CQ7c4vJP

どんなアリでも生かし共存していける、これほどの特性をもち、生活する仕組みを構築することが、果たして偶然だけで出来るのでしょうか?どの条件ひとつ欠けても成り立たない、どんな生命も生かしていけるアリ社会の仕組みが出来るには、その目的を持って設計する存在、グレートクリエーターがいなければ、偶然だけでは絶対無理でしょう!!

アリのイラスト7

<引用資料>

● 自然の観察事典⑮「アリ観察事典」偕成社(文/小田英智 写真/藤丸篤夫)

● デイリー新潮 えげつない寄生生物(成田聡子)
 『他国の女王を殺し家臣を奴隷化するサムライアリの極悪非道な国盗り物語』
  https://www.dailyshincho.jp/article/2019/06210700/

● 西日本新聞 こどもタイムズ
 『なぜ、サムライアリは「奴隷狩り」をするのか』
  https://www.nishinippon.co.jp/item/n/267224/

● 「完訳 ファーブル昆虫記 第2巻 上」集英社(著者/ジャン = アンリ・ファーブル 訳/奥本大三郎)