【9】科学的検証-生命の起源 ④ 『熱水噴出孔での化学進化説 飛躍が多く説得力無し』

 前回に続き、『生命の起源はどこまでわかったか―深海と宇宙から迫る』で高井研博士らが描いている、「チムニー内部で最初の生命が誕生したシナリオ」を検証していきます。

 最初の生命にとって必要な部品アミノ酸、ペプチド、RNAの組み立てブロックであるリボヌクレオチド、RNAなどがチムニーの内部の表面などで“非常に運よく”できたとして、どのように生命に至るというのでしょうか?生命ができていくためには、少なくとも部品が集まっていく必要がありますが、それが可能でしょうか?

 JAMSTECの高井氏が注目したのは、チムニーの熱水が流れる長い穴と海水側の間の沈殿物。煙突でいえば筒そのものに当たる場所です。

 高井研氏は材料の濃集が可能だとして、次のように述べています。

 「熱水から析出した鉱物が沈殿してできたチムニー内部には、小さな孔がたくさんあります。その孔の中の空間や、孔の内外を隔てる区切りの表面や内部で、さまざまな化学進化が起きたと考えられています。それならば、つくられた生命の材料が霧散してしまうことはありません」

「対論!生命誕生の謎」p26より
『対論!生命誕生の謎』(集英社インターナショナル)p26より。
コマチアイトは太古の岩石でその地殻に海水がしみ込むことで

高濃度の水素をはじめとする様々なエネルギー物質や元素を
含むアルカリ性の熱水が供給されるという。

 小さな孔1個1個が細胞のような役割をしていたというのです。

 高井説のポイントをまとめると、➀孔の集合体の中で生命の材料が濃集して、生体高分子が生成されるとともに、相互作用を繰り返して原始的な代謝も開始②熱水噴出の変化によって、まるで細胞分裂や細胞死のように生成と分解を繰り返す③脂質からなる原始的な膜が形成され、孔の内外を隔てる鉱物の代わりを果たすようになる④外界と内側を区切る細胞膜ができてしまえば、自発的な代謝によってチムニーの孔から離れても持続的に生きることができるようになる⑤1つのチムニーから別のチムニーへ、自身を増やしながら生息の場を広げていく―。

 イマイチ分かりにくい部分もあるので、2019年12月に発刊された『対論!生命誕生の謎』(集英社インターナショナル)の中の高井氏の説明も見てみましょう。

 チムニーは、内部に小さな孔がたくさん存在する多孔質な鉱物構造をしていて、熱水と海水がその孔の中や外で混合すると化学的かつエネルギー的な非平衡状態が形成されるのです。この非平衡状態と鉱物の触媒活性を利用して、原始的な代謝反応が始まります。その一つひとつの孔が「原始的代謝」を行うような「原始細胞」の役割を果たし、かつ熱水によるチムニーの生成と破壊が繰り返されることによって、まるで代謝を有した生物が生(分裂)と死を繰り返すかのような現象が持続します。最終的に、脂質でできた膜とタンパク質からなる酵素で鉱物を置き換えた地球最初の生物(代謝型生物)が誕生したというわけです。

 非平衡状態というのは、高エネルギー加速器研究機構KEKのホームページによると、例えば、オーロラの形成、地球大気の動き、地球内部のマグマの動き、コーヒーにミルクを入れて混ざりつつある状態。このように、物質やエネルギーの流入や流出がある状態を「非平衡状態」といいます。

 高井説は今やJAMSTEC説ともいわれていて、高井氏はこのように熱水活動域で最初の生命が出現したことは「必然」だったとまで表現しています。物事が起きる原因は、偶然、必然、デザイン(目的や計画)の3つしかありませんが、必然とはリンゴを落とせば、重力の法則に従って落ちる例のように法則的に起きるということです。水を0度以下に冷やせば凍る、これも必然です。

 はたして「必然」と言えるのか、具体的にいくつかの点から見ていきたいと思います。

 前回言及したように、高井氏らは、情報を複製し代謝する最初の生命に至る過程で、材料としてアミノ酸、アミノ酸が連結したペプチドあるいはタンパク質、そしてRNAの組み立てブロックであるリボヌクレオチド、そしてRNAが出そろわなければならないと考えています。

 しかし、多孔質の内と外で熱水と海水が混ざり合う、いわば無秩序の中で、どうして必要な材料が全部濃集することができるでしょうか?孔が一つの細胞になっていくとするならば、一つの孔の中に必要な材料が集まってこなければなりませんが、熱水と海水が行きかう無秩序の中ではあり得ないシナリオです。

 次に生物化学の常識として、細胞に登場するあらゆるタンパク質もRNA、DNAも文章みたいな情報だということ。ID理論の説明のところで詳しく解説する予定ですが、偶然が積み重なってできる代物ではないということです。

英語の本

 英語の文章のアルファベットの並び方は多くの組み合わせの中の1つで複雑ですが、それだけでなく文法に従い、意味をもっています。それと同様にタンパク質やRNAも複雑でかつ機能をもっています。ですから、タンパク質やRNAは文章と同じく情報であり、偶然にできるというのはあり得ない話なのです。

 鉱物というのは触媒の性質をもっている場合が多いので、アミノ酸がうまいこと連結することはあり得るかもしれません。

 しかし、ただ、自然の偶然に任せるやり方で情報が生まれることはありません。「情報が盲目的な方法で生まれることはない」という私たちの常識に反しているわけです。

 高井氏は「この非平衡状態と鉱物の触媒活性を利用して、原始的な代謝反応が始まります。」と書いています。

 しかし、代謝反応とはそんな単純なものではありません。百科事典マイペディアの解説によると、代謝とは「生体内にある物質が分解・合成されることで、多くの化学反応の連続によって起こる。反応の一つ一つに別々の酵素が働くので、代謝には一群の酵素がリレー式に作用する。」

 つまり、Aという化合物が代謝反応を経てBという化合物になっていくためには、複数の酵素タンパク質が必要です。この酵素タンパク質の遺伝情報はすべてDNAに書かれていなければなりません。(具体例については、飯野道也氏のコラム「生命科学が明らかにしたデザインの存在 」②の「大腸菌ももっている絶妙な制御システム」などをご覧ください。)

 代謝には段階的に化学反応を展開し制御する情報が必要なのです。一言でいえば、驚異的な情報システムです。ですから、無秩序で盲目的な状態の中で、代謝反応ができてくると考えるのは、ものすごい飛躍ではないでしょうか。

 高井説にはもう一つ重要な欠陥があります。『生命の起源はどこまでわかったか―深海と宇宙から迫る』では、チムニーが電気を発生していることの説明で、原始の海底の海水が酸素を含んでいることを前提にしています。酸素と熱、これは多くの有機化合物に対しては破壊的に働きます。ただでさえ不安定なRNAがこの環境に持ちこたえることは極めて難しいでしょう。

 彼らの生命の起源の偶然による説明には説得力がないことを理解していただけたと思います。次回以降で筆者が現在どう考えているのかをご紹介していく予定です。