【8】科学的検証-生命の起源 ③ 『熱水噴出孔説 RNAが壊れやすく行き詰まり』

 今回は熱水噴出孔説をみていきますが、まず前提としてRNAワールドというのを理解しておく必要があります。

 バクテリアから人間までの細胞は情報を担うDNAと遺伝情報のコピーのRNAそしてタンパク質からなっています。DNAの情報が生かされるためにはタンパク質酵素が必要で、またタンパク質だけなら情報を運ぶことができません。「鶏が先か卵が先か」という話と同じで、DNAが先にできても、タンパク質だけ先にできてもダメだというわけです。しかし、RNAは情報を運ぶだけでなく酵素の機能も持っていることがわかったため、RNAを中心とした複製・代謝系が先にできたのではないかというのです。これがRNAワールド仮説で、高校の生物教科書でも紹介されています。

タンパク質が合成される流れを示した図
DNA上の遺伝子の情報からタンパク質が合成される流れを示した図
遺伝子の情報がまずRNAにコピーされ、途中、RNAの一部が切り取られる(スプライシング)。
この最終的なRNAがリボソームに運ばれて、情報に従ってアミノ酸が連結されタンパク質が合成される。(引用: RIKEN NEWS 2018年8月号 P11, https://www.riken.jp/pr/publications/news/2018/index.html
アデノシン-5'-一リン酸(AMP)の構造
リボヌクレオチドの1種アデノシン-5′-一リン酸(AMP)の構造
(引用: フリー百科事典ウィキぺディア日本語版「リボヌクレオチド」)

 最近ではRNAだけでは無理という見方も示されています。国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の高井研博士監修『生命の起源はどこまでわかったか―深海と宇宙から迫る』(岩波書店、2018年)によると、東京工業大学地球生命研究所(ELSI)の藤島皓介研究員は、まずアミノ酸が連結した短いペプチドが生成、それからRNAとタンパク質からなるリボソームの翻訳系が誕生した説を提唱しています。

 藤島説は高井氏のスタンスと合致していると思われます。というのは、高井博士はRNAだけで成り立つRNAワールド説には前から反対していて、『生命はなぜ生まれたのか―地球生物の起源の謎に迫る』(幻冬舎、2011年)の中で、「最古の持続的な生命は、システムの完成度は低かったとはいえ、やはり、材料的にはそれぞれDNA、RNA、タンパク質そして脂質が備わっていたであろう。そしてそれ以前の段階では、原始的なタンパク質の助けがなければ、とても生命システムを支えるエネルギーの獲得はできなかったはずだと考えている」と記しているからです。

最初の生命に至る過程でタンパク質、RNAなどが出揃う必要

 いろいろな説がありますが、情報を複製したり、代謝したりする最初の生命に至る過程で、材料としてアミノ酸、アミノ酸が連結したペプチドあるいはタンパク質、そしてRNAの組み立てブロックであるリボヌクレオチド、そしてRNAが出そろわなければならないということです。上記の藤島説なら、➀ まずアミノ酸が生成。② アミノ酸が連結してペプチドになり、③ それまでにリボヌクレオチドが生成。④ リボヌクレオチドが連結してRNAができてこなければならないことになります。

 では、熱水噴出孔でアミノ酸がどのように生成したかのシナリオをどう描いているのでしょうか。『生命の起源はどこまでわかったか―深海と宇宙から迫る』によると、熱水噴出孔は熱水の金属成分が沈殿して煙突状のチムニーになっていますが、そのチムニー内に電気が流れていること、チムニー内に硫化物として沈殿している金属が触媒として働いているというのがポイント。具体的には以下のような内容です。

熱水噴出孔のチムニー
沖縄トラフで発見された熱水噴出孔のチムニー
チムニーとは、熱水に溶け込んでいた金属成分が沈殿して煙突状になったもの。(引用: JAMSTEC「プレスリリース」2017年4月28日, http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20170428/
自発的な発電現象の概念図
深海熱水噴出域における自発的な発電現象の概念図
(引用: JAMSTEC「プレスリリース」2017年4月28日, http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20170428/

 ➀ 熱水噴出孔のチムニーの内側と外側の間で電気の流れが生じていて、その電気化学エネルギーが使われた。② この電気エネルギーの下、硫化カドミウムを触媒として二酸化炭素から一酸化炭素が生成。③ 同様に電気エネルギーの下、硫化モリブデンを触媒として硝酸イオンからアンモニアが生成。④ 一酸化炭素とアンモニアから各種アミノ酸が生成した―。

 この本に具体的記述はありませんが、リボヌクレオチドやRNAもチムニーの電気エネルギーと金属触媒で「うまいこと」生成したと考えているようです。

チムニーの外では酸化される可能性大

 では、前回で注目した酸素はどうでしょうか。海洋底の熱水噴出孔付近には太陽からの紫外線は届きませんが、海水面などで発生した酸素は潮流の循環によって酸素が海洋底にも運ばれるでしょう。

 実際、『生命の起源はどこまでわかったか―深海と宇宙から迫る』の中でも海水には酸素が十分含まれていると想定。チムニー内部は水素や硫化水素の濃度が濃いので酸素の影響はないということになります。

 ですから、チムニー内でたまたま生成したアミノ酸、ペプチド、リボヌクレオチド、RNAがチムニーの外に放出されて、高温のまま酸素を含む海水と混ざれば、酸化されてしまう可能性が高いです。

 また、高温高圧の水(亜臨界水)の中では酸化反応や加水分解が起きやすいという報告があります。チムニー内部で運よくアミノ酸、ペプチド、リボヌクレオチド、RNAができたとしても酸素や水酸化物イオン(OH⁻)などによる攻撃によって破壊されてしまうはずです。

 私たちはRNAが不安定であることを身近に実感しています。ファイザー社製のRNA型ワクチンは常温に放置しておけば劣化することを学んでいるからです。常温でさえも不安定なのに、何百度という過酷な条件下でRNAが持ちこたえると考えるのは科学的と言えるでしょうか?

 はっきり言ってここで行き詰まりですが、『生命の起源はどこまでわかったか―深海と宇宙から迫る』で高井研博士らが描いている、「チムニー内部で最初の生命が誕生したシナリオ」を次回、検証していきたいと思います。