キリン① もともと首の長いキリン
広大なアフリカのサバンナ、アカシアの木の隣にたたずむキリンのシルエットは、アフリカを象徴する雄大かつ美しい光景です。そして背が高くて首の長いキリンが歩く姿は、なんとも優雅です。
体長約5m、体重約1tの大型の体を持つキリンですが、威圧感ではなく優しさを感じます。それはそのゆったりとした動きと、大きな瞳に長いまつ毛の可愛い顔、そして体の色や模様のせいなのかもしれません。
そんなキリンですが、皆さんは「キリンはどうして首が長いのだろう?」と一度は考えたことがありませんか? また、その答えとして、「キリンは高い木の葉が食べられるように進化して首が長くなった」とか、「天敵から逃れるために速く走れるように進化して足が長くなったが、足元の水が飲みづらくなったので、進化して首が長くなったのだ」という話を聞いたことはなかったでしょうか。つまり、キリンの首の長い理由は、進化したためだということです。この進化を説明するのによく例に取り上げられるのもキリンです。
「ざんねんないきもの事典」(高橋書店、現在第6弾まで発行)も、必ず第1章で進化論の説明をしていますが、シリーズ第1弾の中で 「キリンの祖先の中でたまたま足が長い子供が生まれた。その足は肉食動物から逃げるのに役立った。水が飲みにくいせいでまだ襲われやすかった。さらに偶然首も長い子供が生まれた。水が飲みやすかったため足と首が長いものが生き残った。」(p13)と記しています。
しかし、生き残るために足や首が長くなるということは、ただ単に高いところの葉が食べやすくなり、足元の水が飲みやすくなる、といったことだけではすまないのです。首が長くなる、足が長くなるということは体には様々な影響が生じてくるのです。それでは、体にどんな影響がでてくるのでしょうか。それをひとつひとつ見ていきながら、首の短かったキリンの祖先がたまたま偶然の重なりで長くなったのではない、驚異的な設計によって元々首の長いキリンが創造されたとしか考えられない、ということを一緒に確認していきたいと思います。
キリンの驚くべき血液循環の仕組み
首が長く、足が長くなることで影響を受ける一つ目は、血液の循環です。特に心臓から上の脳への血液循環についてです。
キリンの身長は5mほどあり、地上から約3mのところに心臓があります。キリンの最大の特徴である長い首は2mもあります。ですから当然、心臓から高さ2mのところにある脳にまで血液を押し上げることは容易なことではありません。大きなポンプと高い圧力が必要になるのです。ポンプの役割であるキリンの心臓は重さにして約10kgもあり、ヒトの300gと比べてかなり巨大であることがわかります。しかも体全体に送り出す左心室の壁の厚さは最大8cmと、肺の方に送り出す右心室の壁1.5cmに比べてかなり厚くなっています。これは左心室の筋力が大きく血液を送り出す力が強いということです。1分間に150回も心臓は拍動し、260/160mmHgというヒトの約2倍の高い圧力で血液を送り出しているのです。また それに耐えられるようにキリンの血管の壁は厚くなっています。そして脳に血液を送る通り道である首の動脈(頸動脈)はいくつかに枝分かれしていて一か所に高い圧力がかからないようになっています。
キリンが足元にある水を飲もうとすれば頭は一挙に5m下まで急降下です。水を飲み終えて、頭を元に戻そうものなら、今度は5m上まで急上昇です。こんなに高低差の激しい首の動きがあったなら、脳への血流量が急激に変化してしまうことは想像に難くないでしょう。キリンは葉を食べることで水分を補給しており、水をあまり飲まなくてもよいため、実際には首の上げ下げはさほど多くないと考えられます。しかしキリンにはこの高低差の激しい首の動きに対応できる繊細な循環の仕組みが備わっているのです。まずは、首の静脈の方にはところどころに弁がついていて、首を下げた時に血液が逆流するのを防いでいます。
また、もう一つの仕組みは聞いたことがある方もおられるかもしれませんが、「ワンダーネット」です(図1)。ワンダーネットとは、キリンの後頭部に備わっている毛細血管の網です。非常に細い動脈血管と静脈血管からなる網目状の構造をした毛細血管のかたまりです。日本語では「奇網」とか「奇驚網」といいます。ワンダーネット(奇網)は 温度調整や、イオン、酸素と二酸化炭素の交換を効率よく行う役割をしています。水かきのある鳥では、水かきの部分にワンダーネット(奇網)があり、体温が逃げるのを防いでいます。犬や羊では後頭部に奇網があり、脳を熱から保護しています。
キリンの場合、脳を熱から保護するほかに大事な役割は、長い首の上下運動による血圧の変動を調整することです。首を下げる時にはこのワンダーネット(奇網)が血液を取り込んで、脳の方に一度に大量の血液が流れるのを防ぎます。首を上げた時には、今度はワンダーネット(奇網)から血液が放出されて血圧が急に下がるのを防いでくれるのです。まさに驚異的な網なのです。
因みに熱の放散のためには、キリンの体の模様が関係しています。あの黄色地に茶色い網目状や斑点状の模様の下には、なんと複雑な毛細血管が張り巡らされており、血液を循環させて熱を放散させているのです。このため、模様のことをサーマルウィンドゥ(体温調節の窓)と呼んでいるのです。細長い長い首の部分は、他の部分よりも模様が比較的大きくなっています。つまり、よりたくさん放熱が行われているということです。
次に心臓から下の長い足への血液循環についてです。心臓から3m下の足先まで血液が送られれば、今度は3m上の心臓まで送り返せる強い圧力がなければ血液は容易に足に溜まってしまうでしょう。しかしキリンにはそれを防止する仕組みが備わっているのです。キリンの足は筋肉が少ないのですが、かなり強い表皮とその内側にある筋膜があって、骨にぴったりくっついている構造になっています。それはまるで弾性ストッキングをはいているような状態です。
弾性ストッキングとは下肢の血液循環を改善する特殊なストッキングで、足の関節部の圧力が最も高く、上に向かうほど段階的に圧力が弱くなる構造になっています。キリンには天然の弾性ストッキングが備わっていて、下肢の循環が良くなるようになっているということです。この強い表皮と筋膜の組み合わせはNASAの宇宙服の開発にも用いられているのですから、いきものたちは私たち人間に科学的な知恵を教えてくれます。
さらにキリンの足の血管はかなり内部を走っており、足の表面の毛細血管は、大変細くなっています。なぜなら、足にけがをしたときに大量の出血をするのを防ぐためです。そして、その細い血管を通り抜けられるように、なんと赤血球の大きさまでがヒトの3分の1とかなりコンパクトになっているというのですから驚きです。
このような一つ一つの仕組みがただ偶然の積み重ねで起きるなんて考えられません。首が長くなったら、血液の流れがどうなるか、体がどうなるかを知り尽くして、特別に設計されなければこんなにすごい仕組みが備わるはずはないでしょう。長い首と長い足に関連して、血液の循環一つを見てもここまで緻密で驚くべき仕組みや機能が備わっているのです。どうでしょう? ただの偶然でこんなすごい仕組みは成り立つはずがないと思いませんか?
次回は長い首を支える精密な骨の構造についてお話していきます。
<引用資料>
● 公益財団法人 日本心臓財団 - 日本心臓財団刊行物「はあと文庫」
耳寄りな心臓の話(第54話)『キリンの高血圧、象の巨大心』 川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)
https://www.jhf.or.jp/publish/bunko/54.html
● クリスチャン科学者 安藤和子
『キリンの首・ゾウの鼻』
http://andowako.jp/audioandvideo/video_kirin_zou.html
● 絶滅危惧種リスト
『キリンの心臓の大きさや数・位置について』
http://endangered-species.biz/archives/3671
『キリンの網目状の模様には大きな意味が!驚きの事実!』
http://endangered-species.biz/archives/128
● フリー百科事典ウィキぺディア日本語版「キリン」
https://ja.wikipedia.org/wiki/キリン
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