イルカ① 驚くべき睡眠方法

イルカは半分ずつ眠る?

 イルカと言えば、私たち人間と大変親しみのある海洋に住む哺乳類動物の一つですよね。

 水族館では、水の上を駆けるように泳ぐ、空中にジャンプして高い所にあるボールにタッチする、などのショーを見せてくれるイルカは、まさにエンターテイナーです。

イルカと女の子
イルカの曲芸

 海では、好奇心旺盛なイルカは、ボートに近づいてきたり、人間と一緒に泳いだりもする、私たち人間にとってとても身近な存在です。そんなイルカですが、皆さんはイルカが海の中でどのように睡眠をとっているのかご存知ですか?ざんねんないきもの事典の中では、イルカについて次のように書かれています。

イルカは眠るとおぼれる

 イルカは人間と同じ哺乳類ですが、水中の生活に適応しており、陸上では生きていけません。しかし、魚のようなえら呼吸はできないため、頭のてっぺんにある鼻のあなをちょくちょく水面に出して息をする必要があります。そのため、イルカは完全に眠ってしまうとおぼれて死にます。ただしまったく眠らないわけではありません。イルカは水面近くをゆっくり泳ぎながら、数分ごとに目を交互にとじて、脳を半分ずつ休めることができるのです。安眠とはほど遠いのですが、これを1日に300回以上くり返して、なんとか眠っているようです。 (ざんねんないきもの事典 p115 高橋書店)

 そうなんです。イルカは私たち人間と同じ哺乳類ですので、えら呼吸ではなく肺呼吸をしています。泳ぎながら、時折水面から頭を出して呼吸をしているのです。なぜなら頭の上に噴気孔があるからです。これは私たち人間でいうならば鼻の孔です。1回の潜水で1分潜り、また水面に上がって呼吸します。約3~4分は水深20mまで潜ることもできます。そして、海の中で常に泳いで生活しているイルカですから、泳ぎながら眠るのです。どのようにしたら、泳ぎながら眠ることができるのでしょう? 私たち人間にはまねができないすごい機能をイルカはもっているのです。それは「半球睡眠」といって、脳を片方ずつ眠らせているのです。つまり右脳と左脳が交替で眠るという睡眠方法なのです。どのように右脳左脳を交互に休ませているのかというと、泳ぎながらも片目を閉じて眠るのです。左目を閉じている時は右脳が休んでおり、右目を閉じている時には左脳が休んでいるのです。このようにして左右の脳を1~3時間の間隔で交互に休ませています。具体的には、「泳ぎながら眠る」、「水面に浮いたまま眠る」、水族館のイルカならプールの「底に沈んで眠る」などがあります。泳ぎながら眠るときは他のイルカと併走して、寄り添って泳ぎながら眠ります。こうすることで無駄なエネルギーを使わずに泳げるのです。ペアで併走しながら交代で、あるいは子どものイルカは母親にフォローしてもらって、半球睡眠をしながら泳ぐのです。成獣になると水面にじっとして浮かんで眠る姿をみせます。その姿が水面に浮かんだ丸太に見えることから「ロギング」と呼ばれています。

イルカの群れ
イルカの睡眠

 私たち人間は周囲の状況が全く認識できなくなる全球睡眠であり、眠っている間も無意識下で呼吸をしています。しかし、イルカは呼吸時や発声時に頭の上にある噴気孔を自発的にコントロールしています。つまり、自発的呼吸なので、意識しなければ呼吸できないのです。ですから睡眠時も水面に出て呼吸をしているということです。しかし、イルカの半球睡眠というのは低いレベルの覚醒状態にあるため、外部環境に注意を払いながら眠れるのです。つまり、睡眠中も呼吸のために時折水面に浮上しながら、あるいは捕食動物や障害物から身を守りながら眠れるのです。この半球睡眠はイルカだけでなく、クジラをはじめ、他の海洋哺乳類や渡り鳥にもみられます。

 私たち人間はずっと片目をつむり続けることも難しいのに、イルカは器用にも片目をつむって片方ずつの脳を休めることができるのです。ざんねんないきもの事典でいう「イルカは眠るとおぼれる」ではなく、「イルカはおぼれないで眠れる」のです。私たち人間のもっていない能力を持ち合わせているイルカは残念どころか、すごいいきものだと思いませんか?

そもそも私たち人間はどのように睡眠をとっているのか?

 睡眠は栄養や運動と並んで、私たちの体や脳の休息、回復に欠かせないものであることは誰もがよくわかっていることです。それは、睡眠によって体温や免疫機能、ホルモン分泌などの調節や脳の記憶の整理、定着さらには感情の調整がなされているからです。私たち人間の睡眠は、体を休息させ、脳は働いている「レム睡眠」と、脳を休息させる「ノンレム睡眠」を一定のリズムで交互に繰り返しています。

 「レム睡眠」の間、体は休息して、体内の疲労物質を除去しています。脳から筋肉への情報伝達は遮断されている状態なので、運動の機能は停止します。レム睡眠の「レム」は、「REM(Rapid Eye Movement 急速眼球運動)」の文字通り、眼球だけは急速に運動しているのです。そして、大脳は活発に働き、記憶の調整、感情の調整などの様々な処理がおこなわれていると言われています。夢を見るのもこの時期です。このような記憶と感情の調整によって私たちの精神は健康に保たれているのです。この調整が不眠などでうまく行われないと様々な精神障害につながりやすいといわれています。

 一方ノンレム睡眠の「ノンレム」は「non REM」の文字通り、眼球の急速運動はされていません。四段階の深さで大脳は休息し、その間に今度は脳内の不要になった物質の除去が活発に行われているのです。脳から神経を通じて情報伝達が行われますが、伝達するために使われた物質を洗い流す作業が行われているのです。この脳内の洗浄のメカニズムは「Glymphaticシステム」(グリンパティック・システム)と呼ばれ、2012年に発見されました。さらに、ノンレム睡眠の時に成長ホルモンの分泌がなされているといわれています。

 脊椎動物にはある型の睡眠があり、一般的に、鳥類や哺乳動物ではこのノンレム睡眠とレム睡眠の両方があるといわれています。しかし、鳥類ではレム睡眠は非常に短く、全睡眠時間のわずか1~5%にすぎないのだそうです。さらにイルカやクジラなどの海洋哺乳類や渡り鳥といった一部の鳥がとる睡眠パターンである半球睡眠ではレム睡眠は生じないといわれています。海の中で泳ぎ続けて生活するイルカや、高い空を長い間飛び続ける渡り鳥にとっては、四六時中筋肉の運動を続けている状態ですからレム睡眠は適さないのでしょう。体を動かしながらも睡眠状態を確保できる「半球睡眠」は画期的だとは思いませんか?片目をつむったら片方の脳が休める睡眠がとれ、しかもその間も泳ぎ続けられる、私たちには到底まねできない能力が備わっているので、イルカはあの広い海の中で悠々と暮らすことができるのですね。

 ざんねんないきもの事典でいう「安眠にはほど遠く何とか寝ている」のではなく、イルカの生活環境に合わせて、泳ぎながらも片目をつむって脳を休めることで体を維持できるのですから驚きではありませんか?ざんねんな生き方だと言ってしまうには、あまりにもったいないことです。まだ解明されていないことも多い睡眠ですし、イルカと人間の睡眠ひとつをとってみても不思議なことだらけですが、生き物たちの生活に合わせて、また脳の働き方や体の使い方に適した睡眠の方法でいきものたちの生命は維持されていることがわかります。これは驚くべき生命のしくみだと私は思います。

 次回はイルカの潜水についてお話します。


<引用資料>

● SevenSeas 埼玉 ダイビングショップ Mer Bleue Diving「ブログ」
 『疑問!クジラやイルカは寝るの?』
  https://sevenseas74.com/kawaguchi/2020/02/15/疑問!クジラやイルカは寝るの?/

● 睡眠健康大学「講義リスト」
 『動物の睡眠 生態により多種多様』
  http://sleep-col.com/動物の睡眠 生態により多種多様/

● GRILOG「雑学」
  『イルカの睡眠方法が画期的すぎる!水族館と海でも眠り方が違う?』
  https://guriko1.com/イルカ睡眠方法-7775

● GIGAZINE
 『クジラやイルカは溺れずにどうやって眠るのか?』
  https://gigazine.net/news/20170703-how-whales-dolphins-sleep/

● GIGAZINE
  『人が眠る本当の理由は何なのか?』
  https://gigazine.net/news/20160323-why-we-sleep/

● 救心「健康アドバイス」
 『現代人と睡眠:眠りのメカニズムを知りましょう』
  https://www.kyushin.co.jp/advice/advice_d01.html

● 千葉商科大学「MIRAI Times」
 『日中、眠くなっていませんか? 快眠のコツと眠気を覚ます方法』
  https://www.cuc.ac.jp/om_miraitimes/faq/u0h4tu000000020e.html

● WIRED
 『「脳の老廃物」を除去するには、深い睡眠が必須だった:研究結果』
  https://wired.jp/2019/03/16/sleep_removes_waste/

● コトバンク「睡眠とは」
  https://kotobank.jp/word/睡眠-83167