オランウータン② 孤独を愛する森の人

果実が豊富なアフリカの森林に生息しているチンパンジーは、群れで果実を食べたとしても一頭一頭が十分に食べることが出来ます。
ところが、果実が少ない東南アジアに生息するオランウータンの場合は体の大きな彼らが、全員満足することはできません。
それが、群れで暮らさない主な理由です。

集団生活しないオランウータン

オランウータンは霊長類の中で最も単独性が強いと言われます。

昼に行動する霊長類の中で、群れを作らず単独で生活するのはオランウータンだけです。母親と赤ん坊は2頭で生活しますが、それ以外は基本的に1頭で生活しています。

オランウータンがグルーミングや遊び、交尾などの社会交渉を行うのは、全活動時間の2%しかありません。一日中単独で行動するため、社会性がないように思われていますが、完全に単独性というわけではなく、1頭のフランジオスを中心に、緩やかな「つながり」をもつ社会を形成しています。

直接触れ合うことはほとんどなくても、お互いを識別し、どこにだれがいるのかを把握していて、一定の距離を保ちながら生活しています。

他個体とその位置関係を把握するのは、出会うためというよりは、うまく避けるためです。その避け方も、ある程度接近しても構わない個体や、絶対避けたい個体など、オランウータンなりの都合があるらしく、それぞれの相手に合わせて、距離をとっています。許容できる相手なら、同じ果樹で採食することもあれば、自分より先に来た相手が食べ終わって去るまで、待っていることもあります。

オランウータンは、決して、他個体に無関心ではなく、むしろ、自分の好まない相手と接触しないように、他個体がどこにいるのかをよく把握し、距離を取って、無駄な闘争や、食物競争を減らしているようです。

オランウータンはベジタリアン
オランウータンはベジタリアン(引用: 日本オランウータン・リサーチセンター

オランウータンの社会生活

オランウータンは、平均すると1日に200~500m程度しか移動しません。オランウータンには比較的狭い遊動域にとどまる定住個体と、広い遊動域を移動する個体が存在して、オスの中には常に森を移動し続ける放浪者もいるようです。
メスが移動するときは、果実が実った大樹を効率よく渡り歩きます。メスは比較的狭いエリアに定住して、それぞれが小さな遊動域をもって、他のオトナのメスとは互いに避けあっています。
それでも、コドモやワカモノ同士は社交的で、複数の母子ペアが一時的に集まり、コドモたちが一緒に遊ぶこともありますが、母親同士はお互いに離れて、コドモが遊び終わるのを待っています。
オスの遊動域はメスの数倍以上あり、かなり行動範囲が広くて、一本の果樹に何日も居続けて採食していたかと思えば、ある日突然、2㎞も移動したりします。
オトナのオスは複数のメスをカバーするように広い遊動域をもっていますが、発情したメスの多い地域を求めて遠くへ移動するオスがいます。そんな侵入者を自分のエリアで発見すると、けがをするまで争ったりします。
オランウータンの最も重要なルールは「回避」、お互いを避けあうことです。相手によって距離感を変えていて、元親子だったらかなり接近することがわかっています。
オランウータンの場合、他個体が自分の周囲にいることを受け入れているときは、社会交渉をしていると定義されます。ただ他個体の侵入の許容範囲が周囲50mなのか30mなのかはまだ確定されていないようです。

驚異的記憶力と知能を持つ

オランウータンが孤独に暮らす最も大きな原因はエサと環境にあると思われます。オランウータンは基本的にベジタリアンで、果実や植物を主食としています。ところが彼らの住む東南アジアでは、主食の果実が少なく、ボルネオでは好物の果実が数年に一度しかならないのです。

野生イチジクを食べるフランジ雄
野生イチジクを食べるフランジ雄(引用: 日本オランウータン・リサーチセンター

体の大きなオランウータンが、わずかしかない果実に集団で一斉に押し寄せれば、すぐに食べつくしてしまいます。果実が少ない季節には、全員が満足できる量はありません。イチジクはほぼ年中なるけれど、日本のと違ってまずいので、あまり好きではないようです。そのイチジクすらなくなると、木の皮やアリとかシロアリなどの昆虫も食べます。

そのように厳しい環境なので、オランウータンは群れずに暮らしているのです。1頭ずつ離れた場所で暮らしていれば、エサのない時期に奪い合ってけんかしなくても、自分ひとりのエサくらいは何とかなる、ということでしょう。

果実の少ない環境の時は分散して単独で活動し、個々が満足な量を食べられるようにしていますが、果実が豊富な時季には、2~3頭が一緒に、同じ果樹で採食することもよく見られます。

熱帯の森の中では、果実があちこちに分散していて、毎年結実するものもあれば、2~3年に一度、あるいは4~5年に一度しか結実しないものまであります。オランウータンが生きていくためには、この多様な果実の場所と時季を記憶し、次に食べられる果実を予測しながら移動しなければならないのです。

オランウータンのコドモが母親と一緒にいる時間が長い理由のひとつが、この果実の食物マップを記憶するには、少なくとも5~6年は必要だからといわれています。 記憶力だけでなく、高い知能も持っています。非果実期の季節に数日間果実を食べていなかったオランウータンが、果実食の鳥サイチョウが飛んでいく方向をじっと見ていたかと思うと、同じ方向に移動し始めました。そして、最終的にサイチョウやリスのたくさんいるイチジクの果樹にたどり着き、採食したのです。

一斉開花・一斉結実の時

生息地の森林がどのくらい果実を生産できるか、つまり「果実生産量」によって、オランウータンの生息密度が決まります。

これまでの研究で、スマトラオランウータンのほうが、ボルネオオランウータンより生息密度が高いことがわかっています。つまりスマトラ島のほうが果実の生産量が多いということです。

火山帯があるスマトラ島は、火山性土壌で土地の栄養が豊富なので、果実生産量が多く、果実が実っている期間が長く続きます。そのため、オランウータンは分散して採食する必要がなく、集団で生活できるので生息密度が高いと考えられます。

それに対し、ボルネオ島では土壌が栄養豊富ではないので、果実生産量が低く、果実が不足した期間が長く続きます。そのためボルネオオランウータンは、少ない果実を皆が食べられるように分散して採食するので、生息密度が低くなります。

東南アジアの熱帯雨林は、数年に一度多くの果実が一斉に結実しますが、一斉結実の翌年以降は数年間結実しません。それでオランウータンは、一斉結実の年に食いだめをして体内の脂肪を蓄えるのです。

一斉結実の年の1日の摂取カロリーは大人のオスで8000kcal以上ありますが、果実のない時季は半分以下に激減します。その間は樹皮や新葉などを食べながら、ため込んだ脂肪を消費してしのいでいるのです。

一斉開花・一斉結実は、東南アジアの熱帯雨林でのみ見られる現象で、アフリカや南米ではみられません。オランウータンが生息する地域でのみ起こる特異な現象です。この時季の森はちょっとしたお祭りのようににぎやかになりますが、いつ起こるかは予測不可能です。

一斉結実期には、オランウータンの果実食の割合は100パーセントになります。この時の果実はカロリーが高く、果汁があり、糖分が多いので、イチジクが実っていても食べません。

オランウータンの味覚は人間に似ているので、糖度が高くて果汁がしたたるような果実を好みますが、そんな果実は熱帯では年に一度、あるいは数年から数十年に一度しか結実しません。

それに対して、イチジクは多様な種類があるので、毎月森のどこかで結実しています。イチジクは熱帯雨林に住む動物や、鳥類にとって魅力的な果実ではありませんが、安定してあるので果実欠乏期に食べられる、大切な食料なのです。

ロッカウイ動物園のオランウータン
ロッカウイ動物園のオランウータン(引用: VELTRA オランウータン/動物ツアー

<引用資料>

● 特定非営利活動法人 日本オランウータン・リサーチセンター
 『オランウータンについて』
  https://www.orangutan-research.jp/orangutan.html

● あさがく選書「オランウータンってどんな『ヒト』?」朝日学生新聞社(著者/久世濃子)

● フィールドの生物学⑪「野生のオランウータンを追いかけて - マレーシアに生きる世界最大の樹上生活者」東海大学出版会(著者/金森朝子)