拾った虫が“宝石”に変身!

 筆者が病み上がりだった20年前、健康維持のため、当時の会社近くにある東京・渋谷の代々木公園を毎日散歩していたときのことである。

 まだ冬の寒さが残る園内の散歩道で、目の前を丸っこい虫がよちよちと横切って行こうとしていた。身の丈は1センチばかりと小さいが、背中の白と茶色のまだら模様が何ともこっけいだった。

 これが、千葉・生物多様性センターのサイトにある虫の姿だ。(参考: http://www.bdcchiba.jp/photo/gallery/akasujikinnkamemushi060210.html

 思わず拾い上げそのまま家に持ち帰った。虫の姿に感動して持ち帰るなんて生まれて初めてのことだ。

 シャーレの中に、水を含ませた脱脂綿を入れ、虫をその上に置いて、何日か経った春先のある朝。中を覗いてみてびっくり。そこには、全く似ても似つかない輝くような虫が居たのである! 体形もひとまわり大きくなって2センチ近くになっている。

 「一体、この虫は何者なのか」ーー。

 胸の高まりを覚えながら、その頃住んでいた横浜市の近くの図書館に駆け込み、書棚から図鑑を急いで取り出した。ページをめくっているうちに、ついに同じ外見の虫が本の中に現れた。その名は、「アカスジキンカメムシ」。

 カメムシ!?

 カメムシとう名前は、筆者が一番、思い出したくもないものだった。幼児期に育った田舎の家で、何度もお目にかかった連中だ。部屋の片隅や障子などによくたかっている。色は土のようで形も不細工。取り除こうとすると、身の危険を感じ、途轍もない臭いを発散する。

 余談だが、筆者が育った地方では、このカメムシを「ハットウジ」と呼んでいた。このハットウジというのは、岡山県備前市にある天台宗寺院の八塔寺が語源だ。というのも、昔、寺のお坊さんが托鉢で家々を訪問していたが、修行中のため、余り風呂に入れず、大変臭かった。そこで、人々はカメムシと坊さんの八塔寺を結びつけ、この言い習わしになったという。何とも、お坊さんには気の毒な話だ。

 その臭いカメムシと違って、アカスジキンカメムシは、その名の通り背中は亀の甲羅のようである。その部分は、赤い筋と奥深い色調の緑が絶妙なコントラストを成していて美しい。

 「これが子供の頃、辟易させられた、あのカメムシと同じ仲間とは」。驚きの連続だ。一晩で、ひょうきんな幼虫の色合いから、華麗な成虫に変態を遂げたアカスジキンカメムシは、その美しさから「動く宝石」とさえ言われている。

 その時の感動が忘れられず、このほど、ヤフオクで探したところ、よい出品者に出会い、虫かご付きで2匹もゲットすることできた。

アカスジキンカメムシ

 ゆうパックの包みを慎重に開け、緑色の虫かご取り出して見ると、2匹とも、餌の白菜ではなく側面をよじ登っている。透明な扉を開けたら、おもむろに出てきた。

 手に這わせると手首の方へ来てウンチ! 見かけは美しいが意外と図々しい。慣れない移動の旅が終わって、ほっとしたのかも知れない。

 自然は、神様の愛を教える教材だとも言われる。あの広い公園の中で、その一瞬にしか可能性がなかったあの幼虫との遭遇。さらに、昆虫採集が趣味でもないのに、なぜか家に持ち帰り育てたこと。考えてみれば、普通では起こりえない出来事の連続であった。

 そして、その虫は、一番、苦手に思っていたカメムシの仲間だった…。

 あの時のアカスジキンカメムシとの出会いは、病気を経て塞ぎがちになっていた私を慰めようと、神様が備えてくださったプレゼントだったのかも知れない。

東京都/A・Yさん