ATP合成システムがデザインされたと考えられる理由
進化論かデザインか
多くの人々が素朴に神様の存在を信じていた頃、生物は神様に創られたものであると考えられていました。生物には生物独特の生命力が感じられましたし、また、生物の合目的性は、神様に創られたとしか思えないような不思議さを秘めていたからです。
その考えを打ち破ったのはダーウィンでした。何らかの原因で、ある種の内部に多様性が生じ、その新しい特性が自然の選択を受けることによって、新しい種が生まれるのだ。この世界に何かの目的があって、生物が合目的性を持っているのではなく、環境に生き残ることができたものが生き残ることを通して、生物は環境に適応できる合目的性を持つことができているに過ぎない。ダーウィンが示したのは、神の存在を仮定しなくても、生物の存在を説明することができるのではないかという考え方でした。
例えば、キリンの首はなぜ長いのかという問題に対して、進化論は次のように答えます。キリンの祖先のある種の内部には首の長さが異なる様々な個体が存在していたが、その当時の環境においては、首の長い個体の方が生存と繁殖に対して有利であり、生き残り子孫を残す確率が高かったために、少しでも首の長い個体がより多く生き残ることになった。このようなサイクルを何代も何代も繰り返しながら、キリンの首は徐々に徐々に長く変化してきたのだと。
ネズミのような生物からコウモリが進化してきたという説明には、少し苦労するかもしれませんが、キリンの場合は、肉眼的なレベルで考えれば、何かありそうなことのように思えましたし、摩訶不思議な超自然を持ち出さなくても、キリンの首が長いという事実を合理的に説明できているような気になりました。
しかし、生物の分子レベルのしくみやシステムが解明されるようになるにつれて、そのような進化論的な考え方には多くの疑問符がつけられるようになってきています。
現在、生物はデザインされたものであるという古くて新しい考え方が、生物学や科学に新しいコペルニクス的転換をもたらし、新しい啓蒙主義、真の啓蒙主義を生み出そうとしているのではないでしょうか。 生物は進化論的に説明されるよりも、デザインされたと考える方が自然に合理的に理解できるのではないか、という主張を今回はATP合成システムを例に挙げながら説明していきます。
ATP合成システム
ATPというのは、アデノシン3リン酸の略称で、生物は、この3つ目のリン酸結合である高エネルギー・リン酸結合が切れるときに発生するエネルギーを使って、生きるためのさまざまな活動を行っています。この結合が切れると、ATPはADP(アデノシン2リン酸)になります。充電池に例えてみると、ATPは充電された状態、ADPは放電された状態で、生物はこのATP‐ADPという充電池を使って様々な活動を行っているのです。
ATPは光合成、発酵、呼吸などの様々な方法でADPから作られますが、今回は、呼吸によるATP合成に焦点を絞って見ていきます。呼吸によって、生物は細胞の中でグルコースから「解糖系」、「クエン酸回路」、「電子伝達」と呼ばれる3つの過程を通してATPを作り出しています。
解糖系
解糖系では、様々な酵素が働き、グルコースがピルビン酸に分解されていく過程で少しずつエネルギーが取り出され、基質レベルのリン酸化によってATPが生成されます。
クエン酸回路
上記の解糖系の反応は細胞質内で起こっていましたが、これ以降のクエン酸回路や電子伝達はミトコンドリアの内部で行われることになります。解糖系で作られたピルビン酸はミトコンドリアの2つの膜(外膜と内膜)を横切って、トランスポータ(※1)の働きによって内部に運び込まれます。
クエン酸回路でも、多くの酵素の働きによって反応が進んでいきます。クエン酸回路が一回転すると、1分子のATP、1分子のFADH2,そして3分子のNADHができます。このFADH2やNADHが次の電子伝達で重要な働きをすることになります。
電子伝達
ミトコンドリア内部のクエン酸回路で生じたNADHとFADH2の水素原子は、水素イオン(H+)と電子(e-)になり、電子はミトコンドリアの内膜に埋め込まれた複数のタンパク質複合体を通過し、次々と受け渡されて、最終的には酸素がそれを受け取り水になります。それと同時に、水素イオンはミトコンドリア内部から内膜を通過し、膜間部(内膜と外膜の間)に輸送されます。この働きによって、ミトコンドリア内部(マトリックス)と膜間部には水素イオンの濃度差が生じることになり、この水素イオンの濃度勾配が次に登場するATP合成酵素を働かせる重要なエネルギー源になっているのです。
ATP合成酵素
さて、いよいよATP合成酵素の登場です。ATP合成酵素は図のような巨大なたんぱく質複合体で、8種類のサブユニットが22分子集まって出来上がっています。
電子伝達によって膜内外に生じた水素イオンの濃度差が拡散によって解消される際、つまり、水素イオンが膜間部からマトリクス側へ移動する際に、図のγとCを回転させることになります。その回転が、α、βの構造を変化させることになり、その構造変化によってATP合成酵素は、ADPとリン酸からATPを合成しているのです。
ATP合成酵素の働きは、以下の動画から見ることができます。
・ATP synthase in action(Youtubeより引用)
https://www.youtube.com/watch?v=kXpzp4RDGJI
非常に大まかですが、以上が、生物が体内のエネルギー通貨とも言えるATPを作り出しているATP合成システムの全体の流れです。
なぜ、デザインされたものと考えられるのか?
さて、このようなATP合成システムがなぜデザインされたものと考えることができるのでしょうか?
まず、このシステムを成り立たせている酵素の存在が挙げられるでしょう。解糖系においてもクエン酸回路においても様々な酵素が働いていますが、どの酵素が欠けてもこのようなシステムを作り上げることはできません。それぞれの反応を進めるのには、それぞれの反応に必要な特別な酵素がそれぞれすべてに必要なのです。
酵素はすべて、DNA上の塩基配列による情報がRNAに読み取られ、その後スプライシングなどの加工を経て、リボソームでタンパク質に変換されることによって出来上がります。このような酵素が存在するためには、まず、DNA上にそのような情報が形成される必要がありますが、そのような情報は偶然の積み重ねによって出来上がっていったのでしょうか。これらの酵素はすべて、長い時間をかけて、一つずつ偶然に生み出されていったのでしょうか。その間、他の酵素たちは何をしていたのでしょうか。ただじっと待っていたのでしょうか。それぞれが段階的に様々な役割をしていたというような説明もあるようですが、とても現実的なものには思えません。
酵素が基質に対してどのように作用しているのかを紹介した以下の動画などをご覧になれば、酵素が酵素として有用に働くためには、ある特定の基質に合致した適切な立体構造が必要であることがおわかりいただけると思います。一つの機能を持つ有用な酵素が存在するということがどれほど驚異的なものであるかがご理解いただけるのではないでしょうか。
・酵素のしくみ(Youtubeより引用)
https://www.youtube.com/watch?v=yk14dOOvwMk
そして、改めて冷静になってよく考えてみれば、そもそもATP合成酵素の存在自体がまさに驚異以外の何物でもないことが理解できるのではないでしょうか。進化論的な考え方によれば、ATP合成酵素の存在は次のように説明せざるを得ないでしょう。DNA上の変異が積み重なり、その変異したDNAがそれぞれたんぱく質に翻訳されることによって、8種類のたんぱく質がそれぞれ独自に互いに何らの関連性もない中で偶然に生み出された。そして、そのような偶然によって出来上がった8種類のたんぱく質がたまたま偶然に、なぜかぴったり組み合わさってこのような精緻な構造が生まれたのだと。そして、水素イオンの濃度勾配を作り出すという電子伝達で活躍する複数のタンパク複合体の働きと、その水素イオンの濃度勾配を利用してATPを合成するというATP合成酵素の働きが、たまたま偶然に、しかし、まるで共通の目的でもあったかのように、あたかも計画したかのようにみごとに協力しあってATPを合成できるようになったに過ぎないのだと。私たちはそのように考えるべきなのでしょうか?そのように考えなければ科学ではないのでしょうか?目的や構想などといった知性の働きが全く存在しない、全くの偶然によってこのような精緻なシステムが出来上がった可能性は本当にあるのでしょうか。
そのような進化論的な考え方よりも、このようなシステムはデザインされたものだと理解する方が、ずっと自然であり、理性的に受け入れることができる考え方なのではないでしょうか。
また、更に驚くべきことは、ATP合成酵素を作り上げているタンパク質の一部は細胞質で作られているという事実です。従って、ATP合成酵素を作り上げるためには、そのタンパク質をミトコンドリア内に運び込む必要があるのです。
ミトコンドリア内部で使われるタンパク質には、行先を示す「シグナル配列」と呼ばれる20ほどのアミノ酸が結合しています。そのシグナル配列が外膜上のタンパク質輸送装置に結合して、「搬入チャネル」と呼ばれる搬入路を通って外膜を通過します。次に今度は、内膜にある別のタンパク質輸送装置を通ってミトコンドリア内部に運び込まれます。運び込まれた後は、シグナル配列が別の酵素によって切断され、ミトコンドリア内部でATP合成酵素が組み立てられているのです。
上記の図ではとても簡略して描かれていますが、ミトコンドリアへのたんぱく質搬入口TOM複合体については、以下のように精密な構造が調べられているようです。
「ミトコンドリアへのタンパク質搬入口TOM複合体の精密構造と働く仕組みを解明」(産総研より引用)
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2019/pr20191011/pr20191011.html
このように、ATP合成酵素が出来上がるためには、ミトコンドリアの外でタンパク質をほどく機構、タンパク質を輸送・搬入する機構、ミトコンドリアの内側で構造を形成する機構など、それぞれで数多くのタンパク質が関与し、それぞれが果たすべきふさわしい役割を正確にこなす必要があります。
これらのすべてが揃わなければ、ATP合成システムが出来上がることはありません。このような複雑で精緻なシステムが、偶然の積み重ねによって、長い時間をかけて、徐々に出来上がっていった可能性はあるでしょうか?そのようなおとぎ話のような内容を信じることが科学なのでしょうか?
私たちは見知らぬ機械を発見したとき、誰が造ったのか、何のために造ったのかということがわからなかったとしても、即座にそれがデザインされたものだとわかります。生物の分子レベルの構造やシステムもそれと同じで、デザインされたものだと判断を下すことは決しておかしいことではありません。それをおかしいと考えるのは、この世界には、神のような無形な意志など存在するはずがないという単なる思い込みに囚われているからに過ぎないのではないでしょうか。
デザイナーは何者か?何のためにデザインしたのか?それらのことはわからないにしても、このようなシステムは何らかの構想を基にして創り出されたものであり、何者かによってデザインされたものであるという考えはオカルトでも似非科学でもなく、偶然の積み重ねと自然選択によって出来上がったと考えるよりも、むしろ自然で、常識的で、理性的な判断だと言えるのではないでしょうか。
我々に必要なことは、神が存在するなんて、非科学的な迷信に過ぎないと頭から否定することではなく、生物や我々人間、そしてこの世界がデザインされたものだという科学的事実を謙虚に受け容れ認めることによって、新しい世界観を築き上げていくことなのではないでしょうか。
「生物学においてはデザインの光を当てなければ何事も意味をなさない」と多くの人が考えるようになる日が来るのを楽しみにしています。
(※1)トランスポーター ・分子の結合によるたんぱく質の立体構造の変化を利用して、ある特定の分子の膜通過を行っている細胞膜に埋め込まれているたんぱく質。
参考資料:
・『生命を支えるATPエネルギー』(二井將光)
・『理系総合のための生命科学』(東京大学生命科学教科書編集委員会)
参考動画:
・ATP合成酵素の制御機構
https://www.youtube.com/watch?v=R2n3MEtviOU
・ナノサイズのモーターが創る「生命」~吉田ATPシステムプロジェクト
https://www.youtube.com/watch?v=u0B0KuJDyG8
・酵素のしくみ
https://www.youtube.com/watch?v=yk14dOOvwMk
・Electron Transport Chain
https://www.youtube.com/watch?v=rdF3mnyS1p0
・ATP synthase in action
https://www.youtube.com/watch?v=kXpzp4RDGJI
・ATP synthase: Structure and Function
https://www.youtube.com/watch?v=b_cp8MsnZFA
・タンパク質とは何ですか?
https://www.youtube.com/watch?v=wvTv8TqWC48
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