アブラムシ④ 1億年以上も体内で微生物と共生している!

植物の茎や葉の脈には、糖分などの養分を含んだ植物の液が流れています。アブラムシは、その師管液を生涯唯一のエサとしていて、1日に体重の7倍もすいこみます。

針の口を突き刺して汁を吸うニワトコフクレアブラムシ
針の口を突き刺して汁を吸うニワトコフクレアブラムシ
(引用: 自然の観察事典⑭「アリマキ観察事典」偕成社 P4)
葉脈に流れる養液をすうため葉脈に沿って群がるキョウチクトウアブラムシ
葉脈に流れる養液をすうため葉脈に沿って群がるキョウチクトウアブラムシ
(引用: 自然の観察事典⑭「アリマキ観察事典」偕成社 P4)

でも、アブラムシがすいこんだ植物の液には、アブラムシに必要な必須アミノ酸やビタミンなどの栄養分が欠けています。そのためアブラムシは、それを合成し、宿主のアブラムシに提供してくれる「ブフネラ」という微生物と共生しているのです。

微生物と相互依存している!!

アブラムシの繫殖力を栄養面で支えているのが、この微生物「ブフネラ」という相利共生細菌(共存により自身と宿主の双方が利益を得る関係にある細菌)との共生関係です。

アブラムシの体には、菌細胞という肥大化した特殊な細胞がたくさんあって、その中に共生細菌「ブフネラ」が住んでいて、不足する栄養分を補ってもらっています。

アブラムシは、この栄養分に依存して成長しているので、ブフネラなしでは繁殖できません。

菌細胞の中のブフネラ
菌細胞の中のブフネラ(中心にあるのは菌細胞の核、小さい丸い粒がブフネラ)
(引用: 微生物図鑑【micspedia】#007 ブフネラ アフィディコラ, https://micsmagazine.com/micspedia/1754/post

アブラムシは、受精なしに胚発生する、単為生殖で子をうみますが、この時、母虫の菌細胞にいるブフネラが胚に侵入し、次世代のアブラムシに伝わります。

母虫に抗生物質を注射すると、生まれてくるアブラムシはブフネラをもたなくなりますが、同時に発育が悪くなり、生殖能力もなくなることから、ブフネラに依存して成長・繁殖しているのがわかります。

ブフネラはミトコンドリアのように、アブラムシの親から子へ2億年近くも垂直感染だけで受け継がれてきました。この過程で、ブフネラは多くの遺伝子を失っています。そのため菌細胞の外では増殖できなくなっているので、アブラムシとブフネラは、絶対的な相互依存関係で、もはや不可分な一つの生物として存続しているといえます。

病気の葉っぱ1

ブフネラの祖先は大腸菌

遺伝子の分析から、ブフネラはもともと大腸菌と非常に近縁な細菌だったことがわかりました。現存のブフネラと大腸菌の遺伝子の大きな違いはゲノムサイズです。

ゲノムとは、「遺伝子」と「染色体」という言葉を合成した造語で、DNAのすべての遺伝情報のことです。DNAは物質ですが、ゲノムはDNAの暗号をすべて読み取った情報です。

ブフネラのゲノムは大腸菌ゲノムの7分の1しかありません。それなのに、アミノ酸合成については大腸菌の持つ遺伝子の約半分を残しているのです。しかも、ブフネラゲノムに残っているのは、アブラムシが合成できないアミノ酸をつくる遺伝子だけです。ブフネラの祖先は、大腸菌と同じようにすべてのアミノ酸を合成できたのに、アブラムシと共生してから、相手が合成できるものはそちらに依存するようになったと考えられます。お互いに、相手の合成できないアミノ酸を供給しあう、持ちつ持たれつの関係だということです。

あんな小さなアブラムシの中で、こんなにもスゴイ、互いを生かしあう共生関係が、2億年近くも前から出来上がっていたなんて知っていましたか!? もう驚きを通り越して感動しかありませんね。

病気の葉っぱ2

移住するアブラムシたち

アブラムシがぎっしりふえると、エサが不足してくるため、ほかへ移住するしかありません。吸収した養分の不足が、幼虫たちに特別なホルモンを分泌させ、体づくりに変化をおこさせます。子虫が全部羽を持ったアブラムシになって、いっせいに別の場所へ行くためです。

移住するアブラムシ
(引用: 自然の観察事典⑭「アリマキ観察事典」偕成社 P13)

羽を持ったアブラムシは成虫になったとたん、急速に飛行筋を発達させなければならず、この時に、菌細胞にいる共生細菌ブフネラを犠牲にします。成虫に脱皮すると、羽を持ったアブラムシ・有翅虫(ゆうしちゅう)の菌細胞は急激に小さくなり、それに反比例して飛行筋が発達します。

アブラムシは弱々しい飛行力しかもたないので、風のない時を選んで飛び立ちます。たくさんのアブラムシが飛び立ち、自分たちのエサになる寄生植物をさがしますが、目的の寄生植物にたどりつけるのは、わずかなアブラムシだけです。

分散飛行して見つけた新しい場所で、すぐに植物の液を吸い始めると、今度は逆に飛行筋がみるみる退化し、ブフネラを含んだ菌細胞は元の大きさにもどり、子虫を産みスピード繫殖してコロニーを作ります。

移住して子虫を産みふやすゴンズイノフクレアブラムシ
移住して子虫を産みふやすゴンズイノフクレアブラムシ
(引用: 自然の観察事典⑭「アリマキ観察事典」偕成社 P15)
スイートピーの巻ツルに飛んできた有翅型の成虫エンドウヒゲナガアブラムシ
スイートピーの巻ツルに飛んできた有翅型の成虫エンドウヒゲナガアブラムシ
(引用: 自然の観察事典⑭「アリマキ観察事典」偕成社 P14)

アブラムシは別の菌の遺伝子で必須共生細菌を制御する!!

アブラムシから、昆虫として最多の35,000個の遺伝子を検出し解析(かいせき)した結果、他の昆虫とは異なる多数の特徴が明らかになりました。

そのひとつが、他の昆虫が持っている免疫関連の遺伝子を大幅に失っていることです。これは外部から侵入する微生物への攻撃能力を放棄するというリスクを冒しながら、さまざまな微生物の受け入れや維持を容易にし、共生を成功させてきたことを示します。

アブラムシと遺伝子

かつて感染していた細菌から、水平転移(親子関係にない生物の間で遺伝物質が移ること)した遺伝子を、その細菌が失われた後も使っていて、その多くが菌細胞で発現していることがわかりました。

つまり、遺伝子数が少なくて菌細胞でしか生存できなくなったブフネラを、アブラムシは、他の細菌から転移した遺伝子を使って維持、制御しているわけです。

アブラムシと細菌では、細胞の構造だけでなく遺伝子発現機構が異なるので、細菌から水平転移したDNAが遺伝子として発現、機能するには、アブラムシと同じ遺伝子構造になる必要があります。

そのため、他の生物では水平転移した遺伝子は、機能することなく壊れていく一方であることがわかっていますが、アブラムシはなぜそれができるのでしょうか?

植物を育てた人なら、例外なく悩まされるアブラムシですが、アブラムシ退治の情報があふれているにもかかわらず、全然減る気配もありません。殺虫剤どころか、ちょっと指で押しただけでつぶれてしまう あの弱々しい何の防衛力も持たないアブラムシが、二億年近くも他の生物ではまねできない繁殖力(アブラムシ参照)と、不思議な能力(アブラムシ参照)で生き残っているのです。

未だ研究者も解明できていない、遺伝子のスイッチを自由に切り替えて、環境に適応していくアブラムシの能力が、ただの偶然の積み重ねだけで出来上がるのは無理でしょう!!

アブラムシは自分がエサになることで、数えきれないくらいの昆虫を生かし、食物連鎖を最底辺でささえている、自然界になくてはならない存在です。

だからこそ、絶滅させないために、アブラムシは不思議な能力をたくさん持つように設計されていたのだと考えなければ、到底理解ができません。


<引用資料>

● 自然の観察事典⑭「アリマキ観察事典」偕成社(文/小田英智 写真/小川宏)

● J-STAGE 蚕糸・昆虫バイオテック 83巻, 3号
 『共生細菌とアブラムシの環境適応』 𡈽田 努
  https://www.jstage.jst.go.jp/article/konchubiotec/83/3/83_3_203/_pdf/-char/ja

● JT生命誌研究館 季刊「生命誌」32号
 『細胞内の巧みな共生 ─ アブラムシとブフネラにみる』 石川 統
  https://www.brh.co.jp/publication/journal/032/ss_6.html

● 理化学研究所 研究成果(プレスリリース)2010
 『世界的な農業害虫「アブラムシ」のゲノム解読に成功』
  https://www.riken.jp/press/2010/20100223_2/

● 理化学研究所 研究成果(プレスリリース)2009
 『アブラムシは、かつて別の細菌から獲得した遺伝子で必須共生細菌を制御する』
  https://www.riken.jp/press/2009/20090310_2/