アブラムシ③ 仲間のため命を捨てる「兵隊アブラムシ」
ハチ、アリ、シロアリに続いて、アブラムシが第4の社会性昆虫だとわかったのは、わりと最近で1977年です。ただし、ハチやアリと違って、女王だけが子孫を残せるのでなく、アブラムシの場合、多くの個体が子孫を残せます。
アブラムシの中に、社会性を持つものがいることが発見されたきっかけは、外敵から仲間を守るためだけにいる、不妊の兵隊アブラムシの存在です。
不妊の兵隊アブラムシとは、繁殖能力を失った個体というのではなく、繫殖能力を身につける前の個体、つまり幼虫です。アブラムシの社会では、未成年が兵隊になって、国防にあたっているのです。
兵隊はどうやって生まれる?
社会性を持つアブラムシは「真社会性アブラムシ」と「前社会性アブラムシ」という2つのタイプに大別されます。
真社会性アブラムシの場合、同じ齢の幼虫が「生殖型幼虫」と「兵隊幼虫」に分かれます。遺伝子は同じなのに、姿かたちや生き方が大きく変わるのです。
そして、真社会性アブラムシは、兵隊になると、もう生殖型には戻れません。
しかし、前社会性アブラムシは、そこまで役割分担が厳密ではなく、ある時期まで幼虫はみんな兵隊です。それが成虫まで育つと、生殖能力が備わるようになるのです。
兵隊の期間は、外敵からコロニーを守るために戦わなければなりません。明日をも知れぬ状況で戦い続けて、運よく大人になるまで生き延びた個体だけが、子孫を残せるわけです。
命と引き換えの戦い勝利!!
兵隊アブラムシは、どのようにして外敵から仲間を守っているのでしょうか。
アブラムシの敵である、ガの幼虫がやってくると、ふつうのアブラムシなら、こんな大きな敵には抵抗できずに逃げるか、食べられるかしかありません。
でも兵隊アブラムシたちは、敵に群がって針状の口から毒を注入します。この毒で敵は死亡するか、麻痺して木から落ちてしまいます。国防軍の勝利です!
ところが、敵を撃退した兵隊アブラムシたちも戦いによるダメージは大きく、ほとんどがそのまま死んでしまうのです。また、敵もろとも木から転落して、そのまま巣に帰れなくなることも多くあります。
つまり、一生に一度きりの戦いに、命をかけていくのです。
まだ幼虫なのに、どうしてそんな生き方ができるのでしょう。つい国のため戦った少年兵を連想して、感動してしまいます。 人間的思い入れはさておき、たまたま偶然兵隊アブラムシが生まれて、コロニーを守り始めたのでしょうか?
同じ遺伝子を持って生まれてくるのに、とつぜん兵隊アブラムシになるのは偶然なのでしょうか?
どこで、ふつうのアブラムシになる遺伝子のスイッチが切り替わるのでしょう。アブラムシ社会を守るのに、兵隊を組み込んだ設計図ができてプログラムされているから、兵隊アブラムシが生まれてくるとしか思えません。
虫こぶ(家)修復に命をかける!
兵隊アブラムシの任務は敵を撃退することだけではありません。
アブラムシにとって、虫こぶは住まいであるだけでなく、栄養満点の食べ物でもあるわけです。それは、鳥やガの幼虫にとってもご馳走なので、狙われやすく、穴をあけられてしまいます。
虫こぶにできた穴は、放っておくと植物の組織が乾燥して死んでしまい、ついには虫こぶそのものがダメになって、中にいるアブラムシが全滅してしまいます。
そこで、兵隊アブラムシの出番となります。今度は虫こぶの修復作業です。
穴があくと、まず近くにいた一匹が、おしりの角状管から白い体液をドバドバ放出します。その液に仲間を集めるフェロモンのようなシグナルがあるのか、やがて兵隊アブラムシたちがどんどん集まってきて、みんなで体液を出し始めます。
[大量の体液を放出して巣を補修する兵隊アブラムシ]
体液を出すだけでなく、それを、体液放出で3分の1ほどに縮んでしまった体で、脚を使い一生懸命に混ぜて引き延ばし、穴に貼っていくので、みるみる穴はふさがります。2mm四方くらいの穴なら100ぴきほどの兵隊アブラムシの凝固体液(ぎょうこたいえき)で、30分以内にふさがってしまいます。
しかし、中には自分が体液に塗り固められて身動きできなくなってしまったり、穴の外で作業をしていて、修復後に取り残されてしまったりする兵隊もいます。そうなると、そのまま死んでしまいますから、これも命がけの仕事です。
生き残ったアブラムシも、体液放出で体の成分の大半を失っているので、その後の脱皮、成長ができず、幼虫のまま、ミイラのようになって死んでしまうのです。
兵隊アブラムシが放出する白い体液は、「フェノール酸化酵素」の働きで樹脂のように固まって、穴をふさいでいるのです。
この酵素は、昆虫がけがをしたときに、かさぶたを作るのに使われるもので、兵隊アブラムシは自分がけがをしたときのように、かさぶたを作って、虫こぶを修復しているわけです。体液が黒く固まり、人間のかさぶたのようになって、約1カ月で治ります。
植物の再生までやっている!
兵隊アブラムシによる虫こぶの修復は、これで終わりではないのです。人間がけがをすると、かさぶたの下で新しい皮膚が再生するように、兵隊アブラムシの作ったかさぶたの下では、植物の組織が再生します。
それは植物自身がやっているのでなく、兵隊アブラムシが組織の再生を誘導していることがわかってきました。虫こぶを作るときと同じように、唾液で刺激することによって、1カ月ほどかけて再生させるのです。
命がけで体液を放出して作るかさぶたは、その時間を稼(かせ)ぐための応急処置だったわけです。兵隊アブラムシの虫こぶ修復作業は、二段階方式になっていました。
[産総研『昆虫による植物組織の修復・再生現象の発見』から]
虫こぶの中にいる兵隊アブラムシが、修復した部分に集まって針のような口でチクチクとさすと、その部分が活発に細胞分裂を始めて、虫こぶの植物の組織が再生されていくのです。
約1カ月かけて修復が終わると、兵隊アブラムシの集合が観察されなくなることから、アブラムシが再生を誘導しているのがわかります。
利他的行動は偶然生まれた!?
兵隊アブラムシは、一体どうやって、植物を変化させる、そんな能力と知恵を身につけたのでしょう。偶然だけでそこまで出来るようになるのでしょうか?
兵隊アブラムシの、自分が死んでしまうのに、仲間のためなら自分を犠牲にしても一生懸命やってしまう行動は、偶然出来るようになるのでしょうか?そんな進化ってあるのでしょうか?
自分に何のメリットもない利他的行動を、偶然の進化だけで説明するのは、無理があると思います。
そういう役割と、それを可能にする能力を持たせるようにプログラムされている兵隊がいるからこそ、アブラムシ社会が維持され、昆虫の生態系が維持されているとは思いませんか!!
<引用資料>
● 自然の観察事典⑭「アリマキ観察事典」偕成社(文/小田英智 写真/小川宏)
● 産総研
『兵隊アブラムシが放出する体液で巣を修復する仕組みを解明』
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2019/pr20190416/pr20190416.html
● 農林水産省プレスリリース
『分子レベルで見た兵隊アブラムシの行動と進化』沓掛磨也子
http://www.jppn.ne.jp/jpp/s_mokuji/20120204.pdf
● むしコラ
『兵隊アブラムシの攻撃毒プロテアーゼ』沓掛磨也子
http://column.odokon.org/2007/1221_235800.php
● 産総研
『兵隊アブラムシの攻撃毒プロテアーゼ』
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2004/pr20040727/pr20040727.html
● 産総研
『昆虫による植物組織の修復・再生現象の発見』
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2009/pr20090225/pr20090225.html
● 産総研
『思わず感動!わが身を捨てて「家」を修復する「兵隊アブラムシ」』
https://www.aist.go.jp/aist_j/aistinfo/bluebacks/no29/
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