イルカ② 驚くべき潜水能力

 海中で生活するイルカは、潜水することも得意です。どのくらいの深さまで潜れるかというと、イルカの種類にもよりますが、だいたい100メートル以上もの深さを10分以上潜っていることができます。体長18メートル、体重50tもの大きさを誇るマッコウクジラは、深さ2000メートルの深さを軽く1時間余り潜っていることができます。因みにイルカとクジラは同じ「クジラ目」と言われる同じ種類だそうです。あくまでも目安として体長4メートル以下のものを、「イルカ」と呼んでいますが、厳密な基準があるというわけでもないそうです。イルカやクジラは私たち人間と同じ肺呼吸をしていますが どうしてこのように深い海中を長い時間潜っていられるのでしょうか?

 海の中で生活するということは、私たちが地上で受ける上からの大気圧だけでなく、周囲の海水の重さ分の水圧がかかります。縦横1センチメートルの広さ(1㎠)に1㎏の重さがかかるのに相当する圧力が1気圧です。海の中では、深さが10メートル深くなるごとに1気圧増えます。ですから100メートルの深さでは10気圧増えますから、10㎏の圧力がかかるということです。空気の入ったペットボトルや風船を海の中に沈めると、上下前後左右あらゆる方向から水圧がかかり、ペットボトルはつぶれ、風船は小さくなっていきます。ですから水圧の高い深海にすむ魚や深海生物は、海水から押される圧力と体内の圧力が同じになっています。また、体内にある浮袋は油で満たされている、あるいは浮袋自体がない、硬い甲羅で覆われる、などの水圧から体を守る仕組みが備わっているのです。

水面を泳ぐイルカ
海中を泳ぐクジラ

 さて、私たちと同じ肺呼吸をしているイルカやクジラは、頭の上に見える小さな噴気孔を海面に出して呼吸をしているとお話ししました。噴気孔から取り込んだ空気は、すぐに分岐して左右の肺に送られます。私たち人間の呼吸は1分間に12~20回ですが、イルカは約40秒に1回の周期で呼吸しますから、1分間に1.5回呼吸していることになります。イルカは1回の呼吸で効率よく換気ができるのです。こうして、泳ぎながらときおり海面に頭を出して、呼吸をしていますが、ひとたび海の中に潜るとしばらくの間、呼吸をせずにいられるのです。

 先程お話したように、水深100メートルも潜れば10気圧(1㎠あたり10kgの圧力)になりますが、イルカの肺はいったいどうなるのでしょうか。イルカの肺は圧力に抵抗せずつぶれるようにできています。肺の中にあった空気は気道に送られ、肺でのガス交換が行われにくい状態になるのですこのように、水圧によって肺はつぶれてしまうわけですが、肺を囲んでいる骨によって傷つけられることはありません。なぜなら、肺を囲んでいるろっ骨は、背骨や胸骨と柔らかく結合されているため自由に動き、水圧によって変化する肺の大きさや内臓の動きに柔軟に対応できるからです。骨の構造自体も、浮力のある海の中では重い体を支える工夫はいらないため、陸棲哺乳類に比べて緻密にはできていません。骨の外側は硬く、内側に隙間をつくって水圧にも対応できる軽くて強い骨の構造になっています。

 それでは、つぶれた肺に代わって海の中ではどのように酸素を維持しているのでしょうか?

海中を泳ぐイルカの群れ
珊瑚と魚の群れ

イルカやクジラがもつ体内の酸素貯蔵庫

 その秘密は血液の中のヘモグロビンと、筋肉の中のミオグロビンにあります。イルカやクジラは、陸棲哺乳類と比較して体重当たりの血液の量が多く、酸素を運ぶ役割のヘモグロビンも多く持っています。さらに、筋肉中の酸素の貯蔵庫であるミオグロビンというたんぱく質も、陸棲哺乳類に比べてはるかに大量に持っているのです。筋肉の中にあるミオグロビンは、血液の酸素の供給が不足した緊急時に酸素分子を放出することができます。このように、酸素を体内に蓄える能力が高く、水中ではミオグロビンによって蓄えられた酸素を使っているのです。しかし、ミオグロビンはたんぱく質の分子なので、たくさんあると密集して塊になってしまい、体に害を及ぼしてしまうのですが、イルカのもつミオグロビンには、陸棲哺乳類よりも大量の正電荷(静電気)を帯びていて、互いに反発して結合しないしくみが備わっているのです。また、水の中にいる時、心臓はゆっくりと拍動し、脳や心臓といった重要な臓器のみに血液を集中させて酸素の消費量を抑えるしくみが備わっています。なにか科学の実験がイルカの体内で行われているかのような驚くべき仕組みだとは思いませんか?

 いともたやすく海の中を自由に泳いでいるイルカやクジラの体内に、このようなすごい仕組みが備わっていることに感動せずにはいられません。

イルカやクジラは世界中の海を縦横にかき混ぜ、陸にまで栄養を運ぶ

 イルカやクジラは、驚くべき潜水能力をもって餌を求めて海の中に潜ります。巨大なクジラにいたっては、深海にまで潜って餌を食べ、また呼吸をしに海面まで戻ってきます。これによって、海水は縦方向にかき混ぜられ、海の中の深さの異なる層に栄養成分や微生物は拡散されるので、クジラ以外の生き物にとってもエサ場が形成されるのです。また、イルカやクジラの尿や糞は小魚やプランクトンの餌になります。さらにイルカやクジラの死後、海底に沈んだ死骸は海底の腐肉食動物によって分解されます。陸に座礁して死んだ場合でも、その死骸はカラスやクマ、キツネなどの動物に食べられます。今度はその動物たちの糞を介して海のミネラルが陸地の植物に吸収され、重要な栄養分になるのです。見えない所で陸地にまで海の栄養分を運んでくれていたのですね。

 また、イルカやクジラは、長い距離を移動します。緯度方向(南北)に移動するものもいれば、陸上と沖合の間を移動するものもいます。餌場を求めて、あるいは出産、子育てのために移動します。

 それぞれに独自の移動のパターンがあるようですが、その多くは解明されていません。一般的に夏には冷たい極に向かって移動し、冬には赤道よりの熱帯の海に向かって移動します。このように世界中の海を移動するクジラに付いて一緒に回遊する魚もいます。

 こうしてみると、イルカやクジラは、深くて広い海をかき混ぜ、さらに陸にまでも海の栄養分を運び、海と陸の生命の循環のための大きな役割を果たしているのですね。海も陸も見えない所でつながっていて、生き物たちは互いに共生しているということがわかります。

海中を泳ぐ魚
2頭のクジラ
クジラの骨

 次回は、イルカやクジラが出す超音波についてお話します。


<引用資料>

● フリー百科事典ウィキぺディア日本語版「イルカ」
  https://ja.wikipedia.org/wiki/イルカ

● フリー百科事典ウィキぺディア日本語版「クジラ」
  https://ja.wikipedia.org/wiki/クジラ

● 新江ノ島水族館「えのすいトリーター日誌」
  『イルカの呼吸』
  https://www.enosui.com/diaryentry.php?eid=01447

● 新江ノ島水族館「えのすいトリーター日誌」
  『イルカ・クジラ入門 5 ~イルカ・クジラはどのくらい潜る?~』
  https://www.enosui.com/diaryentry.php?eid=02429

● 東京ダイビングセンター
  『イルカの潜水』
  https://www.tokyodc.info/dolphin/dol5.html

● ログミーBiz
 『クジラやアザラシはどうして海の中で窒息しないのか?』
  https://logmi.jp/business/articles/159234

● 5-Daysこども文化科学館「科学のお話」
 『ミズに流せない水の力~水圧のおはなし』
  http://www.pyonta.city.hiroshima.jp/blog/pages/number/329/page_number/2.html

● LAB to CLASS
 『実物大のイルカをつくろう!』
  https://lab2c.net/materials/dolphins/125

● 講談社の動く図鑑MOVE「深海の生きもの」
 『マッコウクジラはどうして深海にもぐれるの?』
  https://cocreco.kodansha.co.jp/move/news/『深海の生きもの』/series_list_2_1