イルカ③ 驚くべき聴覚をもつイルカやクジラ

 私たちは毎日、人の声、音楽、水の流れる音など、様々な音を聞いて生活していますが、この「音」というのは「振動」なのです。ですから「音を聴く」とは、空気や水などを通して伝わる振動が、耳の鼓膜から内耳に伝わり、音として認識することなのです。

 この音の振動を受け取るのは、耳の鼓膜だけではないことをご存知ですか? 私たちは耳をふさいでも、自分の出した声は聞こえます。これは耳の鼓膜ではなく、頭蓋骨に振動が伝わり、内耳で音をとらえているからなのです。骨を通しても音は聞こえるのですね。

 このように、音は空気や水の振動によって伝わりますから、振動する数で表すことができます。1秒間に振動する数をHz(ヘルツ)という単位で表し、周波数とよびます。聴きとれる音を周波数でみてみると(表1参照)、私たち人間は20~2万Hz、犬は65~5万Hz、猫は60~10万Hzです。真っ暗な洞窟に住むコウモリは1千~12万Hz、水中に住むイルカやクジラはなんと、下は数10~上は15万Hzの広範囲の音を聞き取れ、聴覚がとても発達していることがわかります。

動物が聞こえる音の周波数
表1

 この周波数の数が少ないほど低音がよく聴こえ、数が大きいほど高音がよく聴こえます。ですから、数の範囲は広いほど幅広い音域を聴き取れるということなのです。私たち人間の耳には聞こえない、高い周波数(約2万Hz以上)をもつ音波である高い音のことを「超音波」といいますが、動物たちはこの「超音波」を聞き取る能力があることは皆さんも聞いたことがあると思います。

水族館のイルカ
音の波形

 超音波は、空気中よりもむしろ水や金属などの物質を介して、強い伝播力を発揮するため、視界の利かない海中に住むイルカやクジラはこの超音波が必要なのです。イルカやクジラは、この超音波によって、仲間とコミュニケーションをとり、餌の位置や大きさなどを把握し、さらには周囲の地形や状況までも確認しているのです。では、イルカやクジラはどのように超音波を発しているのでしょうか?

潜水艦のソナーとバラスト機能を備えたイルカとクジラ

 イルカやクジラの額の内部には、プヨプヨした脂肪組織がありますが、これを「メロン体」といいます。このメロン体から超音波を前方に放射しています。(図1参照)

 この音はまず、人間の鼻にあたる噴気孔の下にある気嚢という狭い通路に空気が送られることで薄い膜状のひだを振動させて生み出されます。音はさらに頭蓋骨や上顎の骨にあたって反射して、おでこにあるメロン体に集められます。ここで音質を調整し前方に放射しているのです。

超音波を出す仕組み
図1
潜水艦のおもちゃ

 このメロン体から出た超音波が物にぶつかり、跳ね返ってきた音波を下顎の骨と脂肪組織でキャッチし、その振動を内耳に伝えて音を認識します。このようにメロン体から超音波を発し、周囲の物体の跳ね返ってきた音(反響音)によって、その物体までの距離や方向、物体の大きさから形や材質をも知覚しているのです。これをエコーロケーション(反響定位)といいます。潜水艦でいうソナー(音波を用いて海中、海底の物体の情報を得る装置)の機能ですね。イルカやクジラは、エコーロケーションによって仲間同士のコミュニケーションをとり、暗い海中での餌を認知して捕獲し、さらには天敵の襲撃を察知することまでできるのです。マッコウクジラにいたっては、獲物に対し高い指向性を持った強力な音波を放つことで、失神や麻痺をさせて獲物を捕らえることもできます。

 海の中で音の伝わる速度は、空気中の4~5倍速いといわれていますから、水中でこの反響定位は、より有効に使われているのです。イルカやクジラは、「音でモノを見ている」といわれるほどにその精度は高いといわれています。

 私たち人間にも、このエコーロケーションの技術を身につけることは可能なようです。生まれつき光すら感じない、全盲の男性がこのエコーロケーションの技術を体得して実践している様子を紹介した、テレビ番組を見たことがあります。全盲の男性は舌でクリック音を出しながら反響音を聞き取って、周囲の状況、物の大きさや材質まで把握し、驚くことにマウンテンバイクまで乗り回していたのです。クリック音をだしている時の男性の脳の動きを調べてみると、なんと聴覚野ではなく視覚野の部位が活発に働いていたのです。まさにエコーロケーションは、「音でモノを見ている」ということでしょう。イルカやクジラは、エコーロケーションができるしくみが、もともと体の中に備わっているのですから驚きです。

 この「メロン体」、音を集めて超音波を放射する役割のほかに、別名、「脳油嚢」とも呼ばれ、深海まで潜水するクジラにとっては、潜水艦でいうバラスト(浮上、沈降を調整する重り)の役割をも担っているのです。潜水する時には、鼻から海水を吸い込み、脳油を冷やして固めて比重を大きくして沈みやすくします。浮上するときは、海水を吐き出し、脳油を血液で温め液化させ、比重を小さくして浮き上がりやすくします。メロン体は、クジラが垂直方向で急速に深海まで潜水したり、浮上したりするための大事な機能の一つなのです。人間が、海に潜り海底を探索するという目的をもって、潜水艦一つ創るためにも、ソナーやバラストという機能を考え、科学的な情報をもとに設計するのです。同様に、イルカやクジラも海で生活するいきものとして、科学的な情報をもとに設計され創造されたからこそ、このような精密な機能や仕組みを持っているのではないでしょうか。これがただの偶然で備わるということはあり得ないでしょう。

海中のイルカの群れ
海中の魚の群れ

イルカやクジラの声の秘密

 広範囲の音域の音を発することができる、イルカやクジラの鳴き声についてはまだ解明されていないことも多いのですが、3種類の音についてはよく知られています。一つ目はエコーロケーションの際に発する「クリック音」ですが、「響側音」ともいい、短い音を連続させて発します。物体を認知して餌を捕獲し、海洋を渡り移動する際のナビゲーションとしての役割をします。次に「会話音」ともいわれる笛のような高い音の「ホイッスル音」は、主に仲間同士で交信する時の鳴き声です。餌場を教え、敵の存在を知らせるためのやり取りの際に出す音です。3つ目は威嚇や興奮したときに発する「バーク音」ですが、「層状音」ともいわれる通り、様々な周波数の成分が重なり合っています。また、マッコウクジラのクリック音は、生物が出す最も大きな音ともいわれ、私たち人間ならば鼓膜が破裂するほどの大きな音を発することができ、なんと1,000kmも離れたところにいる仲間とコミュニケーションが取れるというのですから驚きです。1,000kmといえば、東京から直線距離で西へ、九州の福岡までですから、音の届く距離の長さは驚異的です。

 しかしながら、近年、海洋環境は、船の音や地震探査、風力発電、掘削(くっさく)、ソナーなどの騒音に満ちています。私たち人間が発する騒音によって、イルカやクジラ同士のコミュニケーションを妨害し、方向感覚やエサの探知などにも影響を及ぼしています。イルカやクジラだけにとどまらず、海の中で生きる海洋生物たちにとって、これらの騒音が、進行方向を変化させ、行動パターンや生態系に影響を及ぼす深刻な問題の一つになっていることを、私たちは知らなければならないでしょう。

 次回はイルカやクジラの体温調節機能および皮膚についてお話します。


<引用資料>

● イルカの気持ち「イルカのエコーロケーション」
  http://www.irukashow.com/fun/eco.html

● フリー百科事典ウィキぺディア日本語版「メロン(動物学)」
  https://ja.wikipedia.org/wiki/メロン_(動物学)

● カロッツェリア「音の雑学大事典」
  https://jpn.pioneer/ja/carrozzeria/museum/oto/01_a07.html

● くじらの博物館デジタルミュージアム
  https://kujira-digital-museum.com/

● 朝日新聞GLOBE+「World Now」
  『海がどんどんうるさくなっている 騒音で生態系はどうなる』
  https://globe.asahi.com/article/12167253