ラッコ④ 海藻の森の主

寝床となる海藻が持つ役割

ラッコは昼行性で、夜は海藻を体に巻き付けて流されないようにして休みます。

この時に使う海藻ですが、ラッコが生息する地域に分布しているものはコンブの一種であり、ジャイアントケルプ(和名:オオウキモ)と呼ばれます。そして、このジャイアントケルプを含む生態系とラッコはとても深い関わりを持っていることが分かっています。

ジャイアントケルプ
ジャイアントケルプ(引用: flickr「MBNMS Sunbeams Kelp Forest Canopy」, CC BY 2.0, Some rights reserved by National Marine Sanctuaries)
ジャイアントケルプとアザラシ
ジャイアントケルプとアザラシ(引用: flickr「Inside the Tide」, CC BY-NC-ND 2.0,  Some rights reserved by Royal Botanic Garden Sydney)

ジャイアントケルプはその名前の如く巨大な海藻で、1日に約30cmという速さで成長する特性を持ちます。海面まで伸び続けるために全長は30m以上にまで達することもあります。そして陸上の生態系の何倍もの速さで水中の二酸化炭素を吸収するため、ジャイアントケルプが環境保全に多大なる貢献をしていることは想像に難くないでしょう。

また、このジャイアントケルプからなる藻場は多くの海洋生物の住み家ともなります。小さな魚や甲殻類には隠れ家を、それらを狙う哺乳類には食べ物を提供し、また地球全体にとっては二酸化炭素吸収という非常に大きな役割を果たしているのです。

しかし一方でこのジャイアントケルプはウニやアワビ等の貝類の餌にもなります。

海藻の森を守るラッコ

石を積み上げて作るアーチ状の橋を思い浮かべてみて下さい。

アーチの頂上部分にはめられる石をキーストーンと呼び、取り除くと橋全体が崩れてしまうので、構造上非常に重要な役割があります。

生態系において同じようにその生態系のバランスに関わる(なくなることで生態系が崩壊する)種を「キーストーン種」と呼んでいます。

18世紀以降、ラッコがその毛皮目当てに乱獲され、急激に数が減ってしまいました。19世紀末には絶滅寸前にまで追い込まれましたが、これによりアメリカのカリフォルニア等ラッコが多く生息していた地域では大きな生態系の変化がありました。

ある例を挙げれば、ウニを捕食するラッコの激減により、ウニが爆発的に増殖。ジャイアントケルプが食い尽くされ、“ウニ焼け”と言われる、海藻が全くなく、ウニだけが黒々と海底を覆う状態になりました。カリフォルニア州ではウニの増殖によりジャイアントケルプの森の95%が消えたとも言われています。

海藻がなくなる、ということはそこに隠れながら生きる魚や小動物、そしてそれらを狙う他の哺乳類や鳥なども姿を消すことに繋がり、生態系への大規模な影響が予測されます。

このカリフォルニアの例では、懸命なラッコの保護活動により、元の豊かな生態系が戻ってきたそうです。

このような生態系の変化があって初めて、ラッコは生態系の重要な役割を果たすキーストーン種であると認識されるようになりました。ラッコがいるお陰でジャイアントケルプとその周辺の生き物たちの生存環境が守られていたのです。つまり、ラッコの直接の捕食関係だけではなく、それ以外でも生態系に影響を与えていたということです。

貝を割るラッコ
貝を割るラッコ(引用: flickr「Sea Otters」, CC BY-NC 2.0, Some rights reserved by rwoan)

ラッコはその大食い故に、ウニやアワビなどの貝を取る漁師からは嫌われることもあります。しかし、大食漢であるからこそ生態系にもたらす影響も大きいと言え、ラッコにより安定した海藻の森が築かれることによる恩恵の方が捕食被害よりも圧倒的に大きいと豪語する研究者もいます。

ここから分かるように、生態系は絶妙なバランスからなっています。

弱肉強食のような、食う食われるといった捕食関係だけでは説明出来ない関わり合いを通して生態系は保たれているということです。

ラッコが体温低下を防ぐために密度の高い毛皮を持つこと、その非効率的な代謝形態故に多くの食物が必要であること、多種多様な食餌を取ることが直接的•間接的に周辺の生態系を保全すること。

ラッコの持つ、一見不利であったり、生産性が低く見えたりする要素が、このように生態系というより広い視野で見た時に見事に調和する様は感動さえも覚えます。ラッコがその独特の行動からの愛らしさを持ちつつ、生態系を守るキーストーンとしての重要な役割を果たしていることを知れば、より一層の愛着が湧くのではないでしょうか?

このような生命の神秘が“偶然”、“たまたま”、はたまた自然淘汰によって織りなされたものなのか、今一度考えてみて頂きたいと思います。


<引用資料>

● らっこちゃんねる sea otter channel
  https://seaotter.jimdofree.com/

● ナショジオニュース
 『ラッコは生態系のエンジニア? 海草を強くする秘密』
  https://style.nikkei.com/article/DGXZQOUC194DM0Z11C21A0000000/

● 講談社ブルーバックス
 『ラッコが消えれば海が死ぬ――たった一種の絶滅が招く生態系の崩壊』
  https://gendai.media/articles/-/73936?imp=0

● WIRED日本版
 『二酸化炭素を吸収する“海藻の森”をラッコが救う』
  https://wired.jp/2021/12/08/the-cutest-way-to-fight-climate-change-send-in-the-otters/